ひる

外いってきた。
 
さくデというイベント企画がある。

いや継続的活動する団体だ。
http://d39.jp/ 
ついったー関係で知った。ついったーはこういうのに親和性が高い。
 
で、今日は西念寺というところで「デザイン感覚診断」というのをやってきた。
写真。

おもしろい。
6つの質問にこたえて、それぞれの選んだものについてる色のはんこをこれに押す、すると、結果的にあなたは何を基準としてものをえらんでいるか?が分かるわけである。 オレ的には「価格」をほとんどみていないことがわかる。色が最優先だがだいたい価格以外はバランスとれてる。ものづくりの人とか言われてうれしくて舞い上がった。
 で、6つとは
「料理を入れる皿」「服」「住む家、部屋」「車」「いす」「携帯」
である。
 いすがよくてねえ。椅子。椅子大好き。ナラ材のごく普通のダイニング的な椅子を選んだのだが。シンプルで座り心地よかったわあ。
 
 そのあと親に言われているぴんころ茶を買いに野沢にいく。
 
 そのあと浅科の道の駅で休憩しつつ「橋本治という立ちどまり方」読了。
 たいへんによかった。
 論点はものすごくたくさんあるのだが、まあ闘病記がのっていて、なにしろ体力がなく病にいられると人のハナシを聴く気もなくなるということ。
 それから、東大話法の大問題というのがあってそれはエライと自分できめてしまった人は他人の話をまったく聞かない上に自分の話が他人に通じていない理由が他人が自分よりバカだからときめつけていること。
 絶対反対といいつづける人を説得することはできないということ。
 
 なにしろマンション管理組合の理事長をやりおわってから入院した人なのですごく言葉に重みがある。
 
 若いころからずっと読んでいるが橋本治をよみつづけてきてよかった。
 あと高橋源一郎も。(彼の小説は正直オレにはよくわからないのだがコラムを読むためだけに土日のサンスポは欠かさない)
 
 ところでオレはいったいなにがしたいのだろうか。文筆業にあこがれながらなにもしないのはいけないのではないか。立ち読みにイオンにいったらブルータスが「文芸誌」をやっていた。作家陣がなかなかオレの好みである。舞城をはじめ。
 まあ正直言うと最近の舞城の小説もオレにはよくわからんのだが。(わかった面白かったというのはウエンズディまでである。)
 
 テレビでびっくり100年住宅というのをやっていてなかなか面白い。昔の蔵とか写真館(明治のころの建築。日光をとりいれるとか、その光を白い丸みをおびた天井で分散させるとかの工夫がある、佐賀。)とか出てきている。
 蔵については最近オレもやけに目につくようになっている、蔵への興味が出てきているのである。
 ウオーキングをはじめてからこのあたりをうろうろして目で建築を見ることが多くなった。いわゆる農家の建築、そして古い蔵、が、けっこうこのあたりは多く残っている。
 寒そうである。でも火事には強いだろう。そして残っているということはこのあたりに大地震がそんなに来なかったということをあらわしているのではないか。
 
 年をとってどんどん駄目人間度が上昇しているが興味をもつものはかえって広がっていると思う。音楽的にもジャズにふれるようになって大変におもしろい。菊地さんのおかげだ。
 まあマンガに関しては保守的なのだがまあ金もそんなにないし(いや、ぜんぜんない)、よさげなもの全部読みつくしてやる気力も萎えた。
 
 オレが将来グループホームを経営するという選択肢はどうだろうか。書いてみる。いったい何がそれでいいのかというと、まず経営者には定年がないということ。そしてある程度の収入が見込めるということ(経営ってのは苦しいとは思うけどさ、従業員もうるせえこというだろうし)、そしてなんだかんだ言って客は途切れないような気がするということである。
 そのかわり海外放浪とかできないだろうけど。
 
 なんでも書いてみるといいと思う。経営というものにはパートナーが必要だろう。一人ではできない。税理士とか必要だろう。まあオレがなってもいいんだけど。ケアマネも必要だろう。オレがなってもいいんだけど。
 
 まあ、いちばん必要なのは人間としての信頼だろうけど。
 
 現状のオレが「かろうじて定職を得ているだけ」の人間だからなあ。