あさ2

朝食くいおわった。そしてまだ出勤まで時間がある。
このあたりがいちばん落ち着く。
日経BOLにて小田嶋氏が毎週コラムを書く。
今週は「女性手帳」(こんなバカなものが検討されてたなんてさ、あははは、と、未来には振り返って笑えるといいのだけれど)。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20130509/247789/?P=1

この中で小田嶋氏が書いていることは
いろいろオレにも思うところがあるのだが、子供が少ないことの問題の解決にあたっても、それ以外の問題にあたっても、
「一部の人間の考える正しい形というのを他の人間におしつけないでほしい、他人のちがったありかたについても寛容であってほしいものだ」
 
というのが、すごく大事だと思うしそれは日本社会でもっともできていない部分だと思う。個人観と社会観、その関係、ドライにできない部分。他人は他人。
 
 小田嶋氏は夫婦別姓のこともひいて語っている。人がそのようにしたいならそのようにすればいい、という態度を、なぜとれない人がいるのだろうか。
 
 おそらくだが、「子供は正しい家庭で育てなくてはいけない」と思っている人は、(根拠もなく)正しくない家庭で育てると人間は正しくない人間になり、社会の正しくなさが増大していく危険に満ちている、と思っているのだろう。
 そう思う人というのはおそらく親としては「あのうちの子とは遊ばないようにしなさい、なぜならあのうちは片親で、ただしくない家庭だからね」と言うだろうて。しかもそれを疑わないというその人なりの合理性をもって。
 
 正しさが一義的に社会の中で決定されるわけがない。
 
 「子供は国のたからである」というテーゼでさえも疑ってかかるべきだ。
 
 社会は変質するし、オレははやく専業主婦なんてものが消えて個人別の税制を実現してほしいと思っているが、それはオレの考えであって社会全体のコンセンサスではないので別に他人には強制しない。
 
 などといろいろ考えた。人口動態研究によれば21世紀における日本の人口減少は「どんな手をつかっても絶対に改善しない」と、決定できるのだそうだ。(ソースをさがしてこい)
 つまり突然移民が急増するか突然すべての妊娠可能女性が全員一斉にだれかと性交してこの5年で全員一回は妊娠することと定めるみたいな強制がないかぎり、
 日本はどんどん人口減少していく。
 オレとしてはこのさきあと10年か30年かしらないがそれをみつつ老いていくことになるであろう。観察と記録。