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日曜。昨日は遅かったので朝はだらだらしていた(いいわけ)。だらだらしたい気持ちがあった。だらだらすることでだらっとした。その効用は。だらっと感につつまれた。 
 
昼に車で山田にいき、定食屋で焼きサバ定食くう。うまうま。焼き魚はプロにまかせるにかぎる。
かえってきてだらだらする。
 
夕方になり、洗濯して流し台まわりで皿と鍋洗いをした。 
 
なかなか厳しい寒さがきている。昨日、夜道を歩いてかえってきたときはマイナス4とかだったのだな。寒いわけだ。
 
 洗濯してからコインランドリーで干していて、時間待ちで「久谷女子便り 9号」を読んでいた。
 8号「華麗なる加齢」は自分の44という歳とともに実感をもって加齢について考えつつ読んでいたが、9号はなんというかもうちょっと「ネットと私」「他人と私」みたいな関係性についてのことが多かったような気がする。秘密にしたい(明らかにしたくない)というのはその人へは伝えたくないということだ。一方で、好きな人には自分のことをほとんど全部わかってほしい知ってほしいというのもある。黒くて暗い醜い部分があるのを、こわいけどあきらかにしたい気持ちもある。 
 
 なんて思いながら読んでいて、さてそろそろ家に帰るか、と、ファミマでビールやら納豆やら買い込んで車に乗ってそのとき思った(思うことはなんでも突然そう思う)、
 
 オレは自分の未来とか明日とかに本当は明るいことなんてもう起こらない起こせない体験できない未来はまっくらだと思っているんじゃないだろうか。明るいことしたいこと輝くようなことをもう信じられなくなっているんじゃないだろうか。だからいっこうに暗いことしか脳裏に浮かんでこないのではないだろうか、そしてぐるぐるまわっている。
 
 ぐるぐるまわることの非生産性と。
 
 古い精子が新しい精子を攻撃するから、どんどん出したほうがまだいいんですってよ奥様。ならオレは大丈夫だねどんどん一人で出しているから。
 
 ライフハッカーさんがケイクスに書いてたやつによると、新年の誓いを達成するためにはまずその誓いや目標が自分の価値観(なにに重きをおいているか)とちゃんと見合っているかどうかが大事なんだそうな。大事なこと、それをもっとも大事にしていること。
 
 で、ラーメンくいたいとか仕事での喜びとかいくつか上がったわけだが、つまるところは自分のしていることが自分ののぞんでる方向(望みのある方向へ臨んでいる)に合致していればそれが幸せなのではないか。明日なにをするかが楽しみで生きている方向性。100になんなんとする方々が「明日はこれをしようと楽しみにしている」という日々の暮らし方をしているのをきいてオレはなんか新鮮な感動を感じたんだ。こないだ。
 
 昔にくらべて本が読めなくなった映画がみれなくなったという集中力の欠如。読んでも見てもべつにそれもうしょうがないと思っていればとくに読みたい見たいとも思わないだろう。・
 
 いっぽうで。CXが「ネットで無料視聴」をはじめた。期間限定。
 さっそく、久保みねヒャダこじらせナイトとさまぁ〜ずのご自慢のやつを見た。くだらなくてほぼ最高。すんばらしい。こういうのがなかなか岩手にいるとみられない。CXありがとう。