ひる

午前・
ぎりぎりまでソファでだらだらしてから車の中を片付けて、
6か月点検のためディーラーにいく。メンテナンスパック(初回車検まで)に加入して金をまとめて払ってあるので毎回の点検がタダですむかのような幻想でとてもいい。ディーラーさんは点検のついでに洗車もしてくれるのだ。うれしい。待ってる間に「嫌われる勇気」を読む。いま劣等感にひどく悩まされたりしてるので再読。NBOでの連載でさんざん読んでまたここで文を読む。
済んで、本屋で「海街Diary」6巻とペン字のお手本の本かう。
ペン字については、職場で、さんざん、同僚に、嫌がらせレベルの「字が汚い」攻撃口撃を受けており、いわゆる鬱発症のきっかけでもあり、訴訟して損害賠償を請求したい、マジで、しかし一方で情報として字が他人からでも読めるのは大事だとも思い、両方の感情がある。
ゴミ処理場にいき缶とか捨てさせてもらう。係員の人におねがいしまーすと声をかけると返事がある。黙ってやってるよりひとこえあったほうがいい。
ガス屋にガス代をはらいにいく。領収書書いてもらってる間にそこにあったサンスポを読む、宅配版だからアレは無いだろうとおもったらあった、おはようサンスポ。いわゆるエロ面。偉いなあ。
図書館にいく。
 他人の言葉を脳に入れていかないと、ひとりで自分で考えて思っていると煮詰まってヤバいにきまっているということからの避難、緊急避難的な。
 岩手日報で訃報を確認。
 田老、真崎のわかめ(早採り)が東京で即売会やったら人気だったという記事、イイネ。
 朝日新聞、1月末の論壇時評、そのときは日本人人質の殺害危機の最中だった、高橋源一郎の書いていることはスーザン・ソンタグの言う「ほかのところ」。そこにある、そこにあるものとはまた別のものがほかにある。
 http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/20150203/p5
 朝日新聞デジタルは使いにくいのでこういう転載サイトさんはありがたい。
「Essais d’herméneutique」様、ありがとう。
 
 意見があってそれを主張する人というのがいて、まあ、そういう主張がないと社会改革というものはできないのであるが。
 意見、というものがもつ刃の側面もある、
 という話である。
 
 家にかえってくる。
 
 朝日新聞をまとめて読むのはなんのためなのかもう良く分からんが、日曜の読書の欄はよくよむ、今回読んで覚えているものは「九年前の祈り」。
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2015012600002.html
 小野正嗣著。
 
 あと、インタビューにヤマザキマリさんが出ていた。いわく中学生のときになんか母のかわりにヨーロッパ旅行をしてマルコ爺さんと知りあってのちに高校でイタリアに移住してその後にマルコ爺さんの孫と結婚することになりしかしイタリーに住むのは年のうち数カ月(半分前後?)であってそれ以外は世界のいろんなところにいるという、
 飛び回る、
 「いつも自分には何か足りないと思っているので」そのために行動を常にしている(止まっていない)という話し。
 
 どうせこちとら配偶者もいない初老から老人のおっさんであるからどこでどこにいて何をしてもいいのだという感覚であれば契約の上でそこで働いて人のサービスをやること以外にもどっかで別のことをしてもいいのだという感覚。
 
 卵を食うのが好きで生でも焼いても茹でてもなんでも大好き。大量に食べたい。