yoru

2500ごろめざめる。帰ってきてともあれ酒のんでサラダ(きゅうりと自作ミニトマトを入れこんだところに市販のコンビニツナサラダをぶっこむ)を食って寝たのだ、そして起きると丁度2500くらいになる。日曜の2500.世界から老いて行かれた感じのする置いていかれたかんじのする25-00.
 
HDDで「こころ旅  和歌山県みなべ町」をみる。田舎。あたたかい田舎。和歌山だし、農業はいい感じのところである、贅沢しなければ農業は立派な産業である。人がすくなくても子供がみなみなマスクしていても。
 
実家にいってかえってくるたびに親の人生と田舎の行く末を思うわけであるが親はどうして70代後半にはいってもぴんぴんしているのだろうか。脅威。
 
まあ脳ミソが「自分のケアを自分でする」ことに留意していて十分に時間とその中の作業をあてて自分ケアに徹しているのであるのでそれでうまくまわっているのだろう。
 
ふるいダイニングテーブルと椅子をさわるたびにこれそろそろ新しいのと変えたらええやんと言いたいが親としては長年つかったものには愛着があるのはわかる。
 
まあいいです。
 
たまたまCVAもなんも発症しないで健康なるものを謳歌している老人の夫婦の家である。オレがなにもいうことないし、オレが同居なんかしたらオレが発狂するに決まっているので近づかないほうがいいに決まっている。敬して遠ざける。そして形式としての年間二回は帰省する。
 
そうそう関係ないけど浜松駅で出発まで時間あったので本屋にいって立ち読み(お試し冊子)してたらおもしろかった、「監獄学園」なんて最高だ。とてもいい。あのトラック運転手のナンセンスギャグを描いてた漫画化の人がどうして?と思ったが面白い。男子と女子のギャップがきわまっている。男性のおそるべき「勝手な性的欲望」を具現化したリアルな形はこういうところにあるのだと思う。18禁の成人指定の漫画なぞはそういうものではなくもっと特殊なものだ。
 
たとえば「相談は踊る」をきいていると「男は自分勝手で子供でどうしようもない」といつも言っている、子育てしながら娘を育てながら娘の将来のことよりも自分が面白いかどうかを優先してしまって猥歌を歌ってしまうおもしろ37歳自営業男性、妻子あり。もう変えられない。
 
なかなかまともな男性に出会えない。立派なんだけど酒を飲むと暴言が出たり、他人の言葉をさえぎったり、自己中心的で他人のこころもちをおもんばかったりできなかったり、あの子はあれはできるけどこの面はできないといわれたり。まあトータルな人間性が円満である必然性もないんだけど。
 
オレなんかは45歳おっさんにして困った従業員であるし上司からしたらこの人まったく困る人だと思われていて当然であるが、
 
そこはそれとして一旦忘れて忘れたふりしてたら実際忘れたくらいのものだ。
 
肉ステーキを食ったら最近の肉への興味が大きい。