ともあれ

アベマでしくじり先生の錦鯉

みた

基本ダラダラ努力もしないでおっさんになっても

そのままだったコンビの話である

たまたまザコシショウのアドバイスで駆け上がったけど

なにかの努力の裏付けというわけではなく

しかし努力したことには間違いはない

そう

したことはした

鷲見れいなさんのセーラー服がエロくてこまった

首がとくにエロい

セーラーの紺サージの生地のVゾーンから伸びるクビほどエロイ

ものはない 

 

 

TVerであちこちオードリー田中みな実ぼる塾みた

 どんなもんかと期待したら期待よりは下だった

まあいいんですよ

若林がぼる塾のどのへんにほれ込んだのかどうか好きなんかどうかは

伝わってこなかった

若林がぼる塾を盛り上げなくてはというちょっとした義務感も

かんじた

感じただけですので実際どうなのかはオレの知るところではない

田中みな実がどういう作戦できているのかもわからないが

わからないなりに思うところは

みな実はラジオ(あったかタイム)で喋っているときのほうが

はるかに面白くかつ好意的にみれると思う

ラジオでのみな実なら同棲とかしたいと思う

本音が突き放した感じの会話を楽しめると思う

じっさいもんだいTVには見てる人がいるが

ラジオはきいている人だけであって

見てる人が何を思うのか思うところなど

所詮はコントロールできそうでできないと思ったほうが

いいのではないか

どうなんだろう

まあ知りませんし

あんりがみな実をほめるのをきいていると

共感とかするというのは共感という言葉のつかいかたを

間違っているのでは?と思えてくるところもあった

共感というのはシンパシーなので間違っていないのだが

じゃあオレはなぜそう思うのか

 

というかみな実と同じ方法は他の誰もそれ使えないのではないか

参考にしてというならまだしも

 

まあいいかオレもそれほどみな実の戦略を知っているわけではなく

努力はそりゃあ大事で

努力してアナウンス技術をみがくのも

その他努力するのも

どれも大事でしょうそれはそうでしょう

多分そうだと思うのよ

 

でもわからんのは

お笑いのそれは

 

なにか天性というか天与のものがあって

 

たとえばザコシショウがしたアドバイス

(錦鯉の)長谷川はバカなんだからバカを出せ

と言ったのだったが

しくじり先生でも最後ノシメのほうで

合っていることをできるようになるまでは

間違ったこと(合っていないこと)をやりつづけていて

それでウケなかったと言っており

 

オードリーだって春日がああいうかんじ(若林のコントロールで)

にするまでのあいだは迷走を続けていたわけだし

そもそもが春日はスターなわけだが

 

そういう意味ではぼる塾においては

じっさいはなにもしないはるちゃんこそがスター

なのかもしれないがいまは

ぜんぜん画面にうつらないのであった

 

スターの語義もまた展開するのかもしれない

 

あちこちで昔のしんぼるの写真が出たが

茶髪ロングヘアのはるちゃんはきれいだった

それだけ