で
そういうなにか言い難いけれどもオレが仮に
「女性的なるもの」を
考えるようになったきっかけはどこにあったかな・・・
とつらつらと原田知世さん(テレビ東京「スナック キズツキ」4話)を
みながら考えていたのだが・・・
・・
と思ったら「戦争は女の顔をしていない」があった
100分で名著だ
そうだ
おなじく100分で「老い(ボーボワール)」も見た
思想がどうこうではなくて
それらに共通するのは
(わるい男性性ならば)そんなのは考える必要がないとか切り捨てるとか
愚痴を言うなと一喝したりとか
無視したりとか
そういう対応が(わるいほうの)男性性に象徴される態度であるとしたら
女性性というのは小さいことこまかいこと
小さきものの声に耳を傾け
戦争においていちばん端で傷つけられた者のことばをきき
老いや妊娠や身体障害などの動作の妨げがある状態などにも
(ちな 認知症も精神障害もそうだしLBGTQTA+もそうなんだけど)
(だんだん列挙するのが多すぎる状態になっていくが思えばそれも当然)
(多様性って書ききれないことなんじゃないか)
多く配慮して(男性で身体に障害がなくなにも憂慮するところのないやつらのことだけしか書かない正史とか公的な文書よりももっと広い範囲への配慮をもって)
いける
という方向の思想や信条にならば
共感やオレがそこをめざして実践していくのが
いけるのではないかとオレがそう思ってそこに寄り添いたいと
思ったのだった
おもえば永六輔は語りさえもだんだんとおばあさんみたいになっていったもんだ
橋本治もだんだんおばあさん的な顔になっていったな
たまたまだけどね
そういうことに気が付いたのは原田知世さんのおかげだと思う
テレ東のdramaはいつもいい女優さんをつかう
安達さんのやつとかね