思ってたことのいろいろ

つまりね

旅に出ているとそのへんはなにも

なにも考えていないと同時にあらゆることを考えている

矛盾しているように見えるがそうなのである

日常生活は食う寝る皿を洗う風呂にはいる

ですけど

旅はシンプルになる

だから

 

まあそれで9日は都会(渋谷)の夜とか

ああそうねえ

都会だねえとかいいながら

ふらふらして

映画がはじまるまで時間つぶしで宇田川町のほうに歩いて

もうすぐつぶれる東急ハンズの中とか歩いて

ふうん

とかおもいながら

渋谷のまちをあるく若い人と外人と

若い女子はそれが流行りなのかこのさむいのに

太ももまで露出したミニスカみたいなののファッションで

みんな栄養つけてるね太いもん

髪は金だったり茶だったり青だったり

いいねえ渋谷は

生きてる感じがする

 

10日

 

美術館は

さすがに郊外の美術館になると

客は平均年齢が上になってくるのだが

それでも若い女子はいたことはいた

家族もいたけどね

コドモに抽象絵画は難しかろうと思うのだが

まあそれはオレの偏見というもので

なにかを感じるかもしれないよ

オレだってロスコ・ルームで

とびら

透ける

反転

あわけた

ぼんやり

うかぶ

とかいろいろ思っていたのさ

コドモだっていろいろ思うんじゃないの

コドモなりにね

若いカップルとかもいたけど抽象絵画はお好き?とききたくなった

 

ごご

 

総武本線の逗子行きには

車いすの青年と両杖のコドモ(男の子)とその保護者の親が

いて

都会の駅はだいたいエレベーター完備で

それはいいんだけど

田舎は駅から一歩出たそのあとが大変だからな

都会はそれなりなのか?

まだしらぬ

 

高輪ゲートウェイのスタバでは

椿鬼奴と東野がラジオで語るのをきいてて

ロック・・・だなあと思うのであるそしてそのあと直でリキッドルーム

にいけばこれもロック・・・というかフォークというか

なんかねえ

もちろんレコードもCDも大事なんだけど

ライブはまたぜんぜん違うからねえ

そう思うんだ

つくづく

ライブで

音割れぎりぎりの大音量音圧でかかってくる音楽

叫び

わざとすごくスローにして演奏

ためる

ことばが歪む

語尾がかわり

顔の表情もかわる

叫び

ライブはいいなあと毎回思うしそれが記憶としてすごく強く定着するから

椿鬼奴だっていまでもビースティ・ボーイズの来日ライブにいった記憶を

すぐ呼び戻せるのだろう

音楽ね

そうね

生きる糧