配信以外の今日のメモ

朝日 歌壇俳壇

 

山田航がとりあげていたのが

賞をとった椛沢知世「ノウゼンカズラ

のこと

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なんでも短歌のその登場人物がふたりと犬一頭だと

犬はたしかにいるが

わたし(詠んでいる人)と妹

と書いてあるが

はたして

わたしは実在するのか

妹は実在するのか

山田は「わたし」が実在しないのではないかと思っている

しかしオレはもしこれをかんがえるならばこの

50首からなる歌集が

そこには「わたし」という文字があるのかどうかからたしかめないと

いけないなあと思ったのだった

 

いわばわたしと妹のあいだになにかがあるかというと

そんな理解のようなものは無い

というような首らしいのだが

もちろん犬とわたし

犬と妹

の間にもわかることはなく

そしてわたしと妹のところにもわかるものはないんだろう

 

そこが気になる

オレがずっと気になっているのは

「違国日記」のことを調べていたときから

「わからない」と「わかりあえない」のことが気になっていて

 

図書館にいけばPHP新書があり

わからないわかりあえないふたりのことを書いた往復書簡

『やっぱり、人はわかりあえない』というものもあるのだが

はじめにと

あとがきで

それぞれの著者(中島義道小浜逸郎」が

そのわからないことについて書いているのでこれは

面白かろうと思った次第

 

図書館には何をしにいったかといえば読書で

図書館でかりた『ふたりの波紋』を

よみはじめた

町田康がやけに伊藤比呂美に対して

指導的なかんじを受けるのだがそれはオレのきのせいか

それともそれは指導ではなくて単にふたりの意見の相違点が

あきらかになることだけのことか

わかんねーけど

 

気になったのは人間は一皮むけばだいたいおなじようなものである

という話で

Poem

を書いてみることを学生に指導してなるべく自分の中身を暴きだせ

というと

「セックスしたい」と「私は誰だ」になる

みなそうなる

そうなんだってさ

一旦そこに出てきてそこからどうなる

というのがたぶんそれがPoemへのみちのり

らしいのだけれど

そうなんだねえ

 

ついったをみていると「すごく多いパターン」をみることがあり

 

 

ふうむ

 

そういうもんか

 

そらから美少女が降ってくるのはやっぱりみんな大好きなんだな

好きなもん出てくるよなそりゃ

嫌いなものを先に出してくることはあまりないだろうて