ミーハーの趣味だが「美の壺」を録画して
みていると自分がいい気分になる(文化的!)
「漆」をみている
二戸での採採から
塗り
7回かさね塗り
色はたとえば紅はベンカラ(酸化第二鉄)の粒子を
漆といっしょに練ってのばして押して練って・・・とさらに粒子を
こまかくこまかくして・・・・すげえ手間
そして塗るんですね薄く薄くのばしてのばして
7回乾かして塗ってくりかえして・・・
こういうのが価値あるものと思うのだが
お金はだいじょうぶだろうかと思うのです
あと今朝は通学のBGMラジオで
火曜アトロクで小室氏による「グラミー賞のクラシック部門について」を
きいていたのだがそれについての
小室氏と宇多丸氏と宇垣総裁の会話がたいへんよく
て
つまりクラシックとは何かという定義が
はっきりしていなくても
文化
というものについてそれは「解釈を必要とするもの」「文脈の中で語るもの」「背景を自分から知りたくなるもの」のようなことがあると
そう
いまのハリウッド娯楽大作が何も考えずに初見で予備知識なくみても
楽しめるものである
のに対して
クラシック音楽に代表される「大衆文化ではないもの」は
それなりの勉強や学識や受け取るほうの努力による資質の向上
などを経てはじめてその「味わい」がわかるものであって
だから実際それはビンボー人などは相手にしていないものだったのだ
という
のが
もともとの話ですよ
いいじゃんねえそれで
ちったあ勉強しろってんだネットがなんのためにあるってんだよ
まあその元々のソレはカントさんが言ったんだってさエマニュエル・カント
認識について考え抜いた男
実際にどんなことを執筆していたのか引用しようとしたが
そう簡単には出てこない
ああそう書いてたらだんだんくわしく思い出してきた
つまり
そのラジオでは「芸術に対して鑑賞する者が自ら働きかけていくことが必要」
みたいなことを言っていたんだよ受け身のままでは楽しめない
ってね
それがいいよ
そうしようよ
ね
とオレは思いました
なにしろ「美学」で
「分析美学を学ぶ人のために邦語文献リーディングリスト」このあたりは勉強しとけみたいなリストがね・・・
ヒュームとか普通に出てくるしやっぱあのへんの時代の
哲学者はそういう認識と美とか「なぜそのように感じるか(根拠)」みたいなことは必須というか
話題というか
ヒュームですから
まだよんでいないんだがドゥルーズについて考える
ところの欠かせないピースとしてのヒューム
以下引用
ジル・ドゥルーズは、英米の経験論哲学と文学に奇妙なまでの執着をみせている。が、そのことの意義は、いまだ十分に吟味されていない。ドゥルーズの英米びいきの発端は、ヒュームの経験論である。
引用おわり
引用元:
千葉雅也さん×大山載吉さんレクチャー「ドゥルーズにおけるヒュームの経験論」開催! | 東京堂書店 最新情報
ってこってね
ミーハーは楽しいね(研究者じゃないから乱雑な興味でもいい)