さてそろそろ時間経過を経てオレの選択は
バイトしない
にかたまりつつあるのであった
で
店に注力はしますが
一日の営業時間は6が限度です
無理よくない
確率的に午前(なんどかためしにあけている)の
ふらり客はほとんど見込めない
土日祝ならまだしもである
よって10月からの設定は
月火水 1300^1900
土日 1000^1900(9時間!)
そのくらいは注力してもいいです
バイトしないなら24営業でもいいじゃん!というのが
極論であることがわかるように
オレだって店に週50時間も60時間もいるのは
おかしい(’つかれる)ということくらいはわかる
土日あわせて18時間他で18時間の
36でせいぜいですよ
残った時間で通販の発送やるくらいの通販が
うごいてもらいたいもんである
であるね
どうなのかね
わからん
そしてそれ以外の時間は体動かすか脳うごかすかである
活動である
とりま今日は「人間の自己家畜化」と「家畜化全般の用語としての扱われ型TYPE(自己家畜化って定義としておかしくない>?)」
とスコットの言う反穀物の話の中の家畜化である
そのへんの論点を整理したい
べつにシロクマ先生とスコットの論とは
べつにあいはんしてるわけではないしそもそも土俵がちがう
シロクマ先生は「現代の人間の様子はますますせまくるしく縮こまったものになっていく様子がある」と
言いたいのだと思う
かれは精神科医師であるので「精神の病とは当然人間社会の最新のありかたを反映している」と考えている
社会改良家とか社会運動家ではないのである
いわば社会については「社会評論家」であり分析家
である
なにか「手あて」とか「治療」とかを社会に対して行わないといけないと思っているわけではない
「社会をちりょうする」なんていわないだろ
一方でスコットは人類学者政治学者であり
つまり社会科学の科学者で研究者でフィールドワーカー
である
対象は「社会」そのものなので「社会」についてそのありかたの変化を調べて研究して
定説となっているものが誤りがありそうだとわかったら
それを書く
それは研究者としての務めですね
社会をちりょうしたいのか?
そうは思っていないと思う
ただ彼はアナキズムへの親和性が強いので
著作もあるので
社会のありかたがより硬直的とか支配的とか
権力的とか強制的ではない方向をよしとしている
と思う
ここまでをまとめるとシロクマ先生は「縮こまっていくのをみていると・・・(社会に対する意見については本文を見て確認しないといけない そもそも主張とかそういうことを意図した本ではない可能性が高い 主張・・・)」
スコットは「社会が穀物で国家で直線的な段階進行というものの見方は誤りであると考えられる」と主張
である
で
家畜化の話ですが・・・
そもそも家畜化とは・・・
どこから出てきたワードか
「生物学・人類学における進化の(変化の)」ワードであり
AIにきいたらそれは「適応(という変化)」のワードであり
犬猫といった動物(の自己セルフ自分から家畜化変化をする)の話と
人間が進化の途中で自分でみずから家畜化適応を自分でやっていくこと
の2つの分野があるという
進化の論では「適応」という言葉が語られるが
これは単に「そうであるやつが生き残った場合に
淘汰圧という現象がおきるので
そうであるやつが種の中で大勢になっていく」という
「適応変化」のことだ
結果的にそうなっていくわけだ
日本人の平均身長も伸びているしね(それは栄養の改善ではないか?)
で
家畜とは「再生産と適応を他者にゆだねる状態の」動物である
つまり繁殖と食事FEEDである
他者!
犬猫はわかるし家畜さん牛羊豚鶏などはわかるが
人間は誰に委ねていると?他の人間>?
でいいの?
ここからからだんだんわからんくなってくるのであ
ある・・・
イネやコムギが人間を家畜化したんじゃないの?とスコットは書いていますがこれは皮肉のJOKEだろと
おもわれる
イネ←世話する人間
人間←栄養を与えるイネ
どっちともいえる
書きながら考えるタイプ
これが店以外でオレのする活動だ
そしてあとは歩いたり段差を歩いたり上ったりして
心臓肺臓能力を涵養して山に登るのだ
斜里岳とか近くていいんじゃね?
かなりきついか・・・どうか・・
しかしメタ的なことを言うと
「社会改良運動」と
「社会の実像を研究しつくす行動」は全然違うもんで
改良したいのは「今の現状が悪い!」と認知しているからじゃん
「実像の研究」は「今の現状が悪いか良いかどっちでもないのかの実像は研究しつくさないと分からない」と言っているわけで
こう書くと「今の現状がわるい!今の政府がすごく悪い!」のは
「オレにとって悪い!」と言っているのと同じことにも見えてくるわけです
「社会」が「オレの思う理想の社会」になってほしいわけで
その「オレの理想」が「全員の理想」であるかどうかはさっぱり保証されないわけです
ここで「全員の理想などというものは「1個にまとめらんない」のだという現実からいえば
全員の理想とは何も実現しているないので
各人は自分で自分の理想を追求するわけで
そうなると全員が全員に対して戦うだけの
超闘争になるよね
家畜化するとそういう「闘争あるのみ」な人が
減っていくらしいので
それなりに縮こまっていこうとする
うーんこれは
「すばらしい新世界」みたいだな
誰がそれを「これでいい」と言うのか?って話に
なってくる
これが社会(改良)運動のジレンマだる
オレは社会ではなく個人が元だというあくまで
シンプル原理のアナキズムを考えていますが
それっていまの農耕徴税社会となじまないんだよえ
え~~
ねえ~~だよえ~~
です