記事メモつづき「フェミニズムの現在」現代思想2020・3月臨時増刊号

とりあえず読んだのがトミヤマ先生の「現代の少女マンガとフェミニズム

 

ざっとまとめ

・都会の女Aさんのエピソード

ー理想の男 について少女マンガから学んできたが不倫しかなかった

ーそろそろ「少女マンガの世界を去るときがきた」

いわゆる耳触りのいいことを言うようなことを少女マンガから受け取って内在化させてきたことから少女マンガが案外強い少女たちへの影響力をもつのではないか

 

・作品

「さよならミニスカート」

「1122」

アラサーちゃん

アラサーちゃんがそうやってフェミに目覚めた形とシスターフッドで完結したとは知らなかった

1122は金を出して買って最後までよみました実に怖い話でありますがどこにも歪みを最終的にただすものはないというか傷は一生残るみたいにオレは感じたがそもそもが夫婦は何によって夫婦たりえているのかを言語化もできていないのが日本の夫婦の現実だみたいなことばは きっとそうなんだろうな・・・と思いました(想像)

さよならミニスカートはラジオでの漫画の紹介では聞いたことあったが読んだことはなく是非よみたいなと思うのであった

なんにせよマンガというメディアは世間が思っているよりももっとずっと強く人間に作用するしこれだけ雑誌が売れないとか本が売れないとかいってもそれでも電子化一辺倒にならないで本屋というものが街にいきのこっているのは

 

みんな本や雑誌や漫画は読むものだというのがまだ日本にはかろうじてあるんだと思うのね

 

だからそこで描かれる内容こそが重要だというトミヤマ先生の言葉は納得です

 

 

次に

ヤマシタトモコ インタビュー (聞き手 岩川ありさ

これはインタビュアーの(エキサイティングな動悸)が聞こえてくるような

かんじでしたわ

アカデミズムの人

クィア批評

だそうです

しかしこうやってインタビューで作者がそれについて語っていると

どうにかしてそこではないところの何かをどうやって今さら

見つけられるんだ・・・・とか思うわけですが

それはそれこれはこれ

これは作者がその時点でいろいろなところで語ったインタビュー

の中のひとつの長いめのもので

怒りや家族(の無謬性には抗議する)やフェミニズムのこと

や抑圧や社会にはびこるどうしようもない悪意のまざった視線のこと

について語るインタビューなんだが

結局

作品の中では「表現したいこと」があるにきまっていて

作者が「理想的な世界を描いている」というのはわかる

それはオレもそう思ったしそう見えるしそれはいいなあと

思っているから読んでいるわけだ

 

マンガはもちろん作品として「現実そのまま」を描く必要はぜんぜんないし

作者の描きたいことを実現するための装置をつくって描くわけじゃないですか

 

そこにどんどんぶちこむものもあるし

 

「そんなの本当かわかんないじゃん!」については作者が

そう語ってるなあ解釈を

解釈まで語らないでほしいんだが

 

ともあれフェミニズムだろうとそれ以外だろうとなんだろうと

オレにとっては思想はどうでもよくて漫画作品としてのそれが

どういう価値を(~を表現する)

提示しているかが大事なんだけど

 

すくなくとも

オレが提示したいと思っている部分はフェミニズムという名前がつかないことは

わかった

関係性に名前がない付けないということもこれだけ多方面で作者が自分で

言うておるとオレが言うことじゃないような気がする

とすればオレが提示したいんは

学習

ということになるんだと思うんだ・・・・たぶん

 

たぶんだけどね

さいごにのこっているのはそれかなあ

(他のメディアで既に言及されていなさそうなところという意味)

 

記事メモ

木原音瀬という作家

読みは このはら・なりせ

講談社文庫「箱の中」

インタビュー永久保陽子

 

永久保さんとカネジュンさんの対談を読んでいると2012年だけど

もうBL

というワード自体は時代に乗っているというか

一般名詞というか広辞苑に載るみたいな雰囲気を

感じさせている

しかしそれでも内規としての編集者の行う

調整が締め付けとして働いてるのかなと思われる発言が

けっこうある)(だから色んな作品というよりも

伝統的なBLでの構造とよくある設定を守っていこうみたいな

かんじをムードとして受ける)

まあその後のカネジュン先生はアトロクのような

一般AMラジオバラエティに進出して(そのまえから

タマフルにも出てたか)だんだんと

古代からのいろんな要素を伝承する役割をはたしている

 

まあ別にオレはBL研究家になりたいわけじゃないのでいいんですが

 

しかしBL界のほうが

まだ

フェミニズム界よりは門戸が広そうですな・・・

読んだ(記事を)

午前とか日中おもにぐだぐだしていたので

このじかん(’よる)になってから

読みすすめとかしていて

磁力と重力のつづき(いまこれからジョルダーノ・ブルーノ)

 

をみてから

ユリイカ「BLオンザラン」

まずはヤマシタトモコのインタビューからみはじめる

どういう時期か

アフタヌーンのBUTTER!!がそろそろ終わるかまだかくらいらしい

読者から「もうBLは描かないんですね・・」とか手紙がくるらしい

ヤマシタは「あんなの卒業とかできるわけない」と言っている

それからもうフィーヤンで描いている時期であるが

フィーヤンは「女性誌」という扱いで明らかにBL誌ではない

という認識がある

ちなみにフィーヤンで顔が良すぎる男は出せない(ゲイに決まっている)

そうだ

それで笠町くんはあのくらいのかんじの顔になったのかしら

まあそこ(2012)からずいぶん時間もたっているしね

 

ユリイカはけっこう単なるBLファンとしかおもえない学者とか

も書いている記事を

いやーバカにしちゃいかん

しかしファンと研究者とどっちでもない人とプロパーと

誰がどれなんてそうそうきめらんないでしょ

いいんだよ世の中はいい加減なんだから

くだらないが内容はそうでもない

オレは話すほうの電話はいわゆるガラホというやつで

運用しており

パケット代なんか死んでも払うつもりがない

ので

最低額運用をしており電話だってかかってこないのであるめったに

 

しかしアマゾンでパスワード確認してたら2段階認証で

電話にSMS(Cメール)で確認メッセージがきて

これをクリックしてネットにつないで確認しろ

というのだが電話をネットにつなぐなんてしてないのだ普段は

そこであわてて家のWIFIにつないでことなきをえたが

こういうのあわてるわあ

 

数字をうけとってその数字をもとのブラウザに打ち込むタイプだと

思ってたのにね

ああ面倒

しかしこういうのがあるからたまにはやらんといかん

パスワードだってなるべくグーグルに保存させないようにして

自分で打つようにしているのは忘れないためである

まったくなんでも

あるあるで

難しい世の中ですよ

kudaranai

ここはスキマ

 

ちょうどいいので本日(12月5日)(にちようび)のまとめとして

雑感を書いていこう

 

・正直に

 

ありのまま書いたほうがストレスがへるし書きやすい

 

・批評のまとまった原稿を書こうと思っている

それを11月の半ばくらいに最終的に開始した

いま12月5日ですよね

 

・準備はけっこう膨大に必要だということに途中から気が付いた

なにしろ人気漫画家の作品なので

元の漫画だけではなくインタビューとか過去作とか

そしてもともとのこの作家の出自に関わるジャンルのことなど

イチから調べることがけっこう膨大にあるということに

あとから思いいたった始末です

 

・当初の想定の新人賞が募集停止になっていた

これは12月になってから気がついたやつですねいつでしたっけ

3日でしたっけ>? 県立図書館でそれ見たんですね

 

・いったん意気消沈

したわけです

 

・いやさ のりかかった舟は最後まで漕ぐことにしよう

折角なので50枚×400字くらいのまとまったものを

つくりたいじゃないですか

 

・BL業界についてしらべたり雑誌掲載のインタビュー読んだり

するともう作者はだいたい過去に

この作品についてなぜこういうものをとか語っているということに

なるわけです

しかしどうしてこの設定にしたかのストレートなところは

語っていない

基本設定

こうなったことの基本設定をつくった動機

 

まあそれは別にオレが謎を解き明かすとかそういうことは

いいんですよしなくても

 

・そもそもなんで批評文を書こうと思ったか?

小説はどうあがいてもマトモなものが書けそうにない予感がするが

カンで批評は「書けるようになりたい意欲」が強いから書きそうな気がした

それで批評文を書こうと思って

じゃあ対象は何がいいのか

と思って

そしたら目の前にあった漫画でオレがいまいちばんお話として

精読したい漫画がこれだった

なにしろひっくりかえして何度でも何度でもよむわけなので

それに耐える漫画であってもらわないと困る(あきてもこまる)

 

それで選んだのです

 

それと

何かを書きたいと思ったときに

批評について(なぜ「面白い」と思ったか)の調べものと並行して

「独学大全」のことも頭にあって

それはオレが独学でもなんでも

頭をつかって考える(そしてそれを形にする)ということを

したい

したいなあと思うことが強くありだからこそこんな分厚い本を買って

でもなかなか読みすすめられなかったけど

さいわい失業して時間もできて

読んでいくうちに本当に「学ぶ」ことそのものが人間の脳みその

使い方として面白いというか

大げさな言い方をすればそれは人間活動のすべては「学習」である

ともいえるな

くらいに思ったんですね

あとはその「独学大全」の中にヴィゴツキーのことばをみつけて

思想と言語の相互の往還そして脳で考えること思考は言語によって(のみ)

行われる

こと

これはオレがむかしむかし前々から思って実際そうだと思っていて

実践というか

人に一回だけ言ったことあるけど否定されなかったし

それをちゃんと学問として昔に言っていた人がいたということが

学問すごい!って思ったということが感動で

だからこそ学んで調べて調査して構造的に積み上げるものをつくりたいな

たとえ大学とかでなくても独学で

と思ったのも強い動機のひとつですね

 

だから批評の中身も「~が学んでいること」を取り上げたいなあと

思ったというのもある

 

学んでいる様子は読者である我々のこころに確実に響いてくるからだ

 

そういうことを考えているんだよ12月5日

BLをめぐる諸説

たとえば

 

なぜ女はBLが好き? 男が知らない本質的な理由 | GetNavi web ゲットナビ

 

この記事では和久井香菜子さんが署名記事だが

たぶんこれはBL研究者に読ませたらそれは半分くらい違う

と言うのではないかである(オレの憶測)

 

同じ女性であっても

 

だいたい同じ女性というのが文言としてあまりにも主語が大きい

同じ女性などいない

いろいろな女性がいるだけだ

 

だからBLはこわいのである

 

感じること(BLに感じること)に正解は無いはずだが

BL研究者としての学説は一定のものがまずあり

それに対する別の論点があり

 

性に対して快感を楽しむことを追求する人もいれば

そうではない人もいるだろう

(男性のようにほぼほぼ全員が自慰をする性別と違って

女性はほぼほぼ全員が自慰をするわけではない)(と聞いている)

 

ジルベールがレイプされるのをみて

同じ女性じゃないからまだ少しは直接拒否感を感じないで

みていられる

というのは時代とともに変わってきているのではないか

あるいは

あるいはなぜそれでもジルベールをみてドキドキするか

(快感につながる興奮を感じるのはどうしてか)

をここではオレの憶測では書かないけど

オレが個人として(男性です)ジルベールをみてその様子を

みてドキドキする理由ははっきりしていて

レイプであっても肛門性交でこの人は快感を

味わっている(と想像される)

感じ

だからである

 

人が性的に気持ちよさそうなのを見てて

快感を感じるのが基本的な男性の自慰だと思うから

(ちがう?)

ぜんぶのAVのうちのほとんどがそうだと思うけど

 

しかしそうすると男性向けAVでさえも多様なそれが

いまはあるわけで

 

こういうふうにこじれて混合し混交もするし

そんなにすっきり論じられるわけがないからBLに手を出したり

するのは恐ろしいと思うのである

 

もし論じることができるとすれば「BLにある中のひとつの側面」が

あると思います

と言うことだけはできる(それはオレが感じるのはいっこあるので

今日図書館で教科書よみながらメモしてきた)

 

そのくらいにしておいたほうがいいと思う・・・

どうでもいい話

BS11の土曜深夜のお楽しみの録画をわすれていたので

ABEMAにいった

ポプテピは普通にみれる

小林ゆうさんお元気そうですね)

先輩がうざい後輩の話は

12月4日深夜にやってたのは#9のはずだが

これがプレミアム(課金)になっていて

#8(先週分)が無料公開あと8時間(つまり日曜深夜まで)となっている

 

これはおかしなことではなく

ポプテピのほうがAbema もBSも最新(リミックス)を同時公開する

方針なだけで

先輩がうざいのほうは

BS11 などのTVが最速だが配信は後追いという

差別化をはかっているだけだと思う

たぶんね・・・

 

いや そういうことではないのでは・・・・

まあ待てばみられるはずだ・・・

 

オレはこのアニメが日常ほのぼの百合だったらよかったのに

と今おもっている・・

桜井さんと五十嵐ちゃんと黒ちゃんが3人でわちゃわちゃしてるだけでいいのに・

な・・

(男とかいらん世界)

どうもいかんか五十嵐ちゃんにしてみれば男(先輩)がいてもらわないと

困るみたいだし

やれやれ

それも性欲だ