あった

ヤマダ電機にありました。しかし、家電やの中で自作的コーナーは大変にわかりにくく、店員さんにきいてしまいました。あったからいいです。
 ついでにいろいろ見ていたが、Iパッドって売れてるのね。あんなにアタッチメントいっぱいあったもん。ダブレット時代かー。って、そろえてるだけで売れてるとは限らないが。
 
 ついでにイオンいって食い物をかう。マックで150円ポテト(L)を買った。夕食の一部となる。ココイチカレーラーメン?があったので買ってみる。うまいかなあ。
 
 車中で水曜Digをきく。天気といえば気象庁気象庁の人の話をきき、あと、帰ってきたウミガメの話をきく。どっちもオレの専門とか生活とかスタイルとはまるで関係がないことで面白かった。
 それにしても外山アナの声をきくだけで法悦だなあ。スクリャービンですよ。喜悦でもあるし。わかりにくい表現ですね。
 自分のこと以外にも社会があって世界もあるってことを確かめるためにメディアはあると思う。
 てゆうかね。
 
 伊集院のラジオを聴いてて。
 自転車旅行。
 いやそのクライマックスは一週前だったんだけどね。
 
 昼間見てたのは
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20080723/166059/
小麦が日本人にもたらしたもの
(「地方再生物語」宮嶋 康彦  日経ビジネスオンライン
 
 であった。
 
 このシリーズ、かなり面白い。
 小麦に関してだけ言うと、「シンセミア」(阿部和重)をみても米国による日本への小麦消費押しつけというキャンペーンの話は出てくる。この小説のラストの方で粉塵爆発が出てくるあたりは最高に面白いんだがそれはおいておいて。
 小麦に限らず日本の食はわかりにくい。 
 小麦はうどんの原料であるがその小麦のほとんどは自給ではないはずだ、オーストラリアなどからの輸入であるはずだ。と思うけど本当はオレは知らない。調べないと。
 
 米だって、国際穀物である側面と「国内での兼業農家によってつくられているどうでもいいコメ」という側面と、いろいろある。
 どうでもいい兼業農家はオレのまわりにサンプルがたくさんあって紹介してもいいくらいだ。
 適当につくってる米。自分の家で食うだけとかいってその分もできてないのかできてるのか、知らないけど、それでも自分だけではつくれなくて機械を借りたり人手を借りたり苗の育成(育苗)を他人に任せたり、ともあれいろいろ中間業者の手が入っているために商売にならないばかりか自己満足にさえならない米がそこにある。
 ただ米をつくるという結果を出したよ自己満足。
 兼業農家ごときが国際穀物に手を出していることが間違いだみたいな声。
 一方でどうでもいいししたいことをするだけだって声。
 
 自由な土地所有が国際競争力を低下させていることは事実だが国際競争力なんてどうでもいいということもできる。
 要は優先順位の算定問題である。
 
 いつもいろいろ考えていると最後にはこれは政治の問題なんじゃないかなあと思ってしまうのがわるい傾向である。
 皆が皆の好きなことをしていると結果として国がわるくなっていくってゆうのはどういう成り行きなのかねえ。まあどうでもいいけど。
 
 YJでヘタコイがクライマックスを迎えているがそのことを書く気力がおいつかないぜ。まあ、偶然にも二名のそれぞれ別の遭難が同じ小屋にたどり着くという偶然ができすぎであるような気がするけどね。そんなに「隔絶した環境」が必要だったのかい?
 美しい物語とはいえないが、幸せになれるといいね。