センズリのTopicNewsをみてた。娘の7.5枚目と、あと℃-uteのDVD(℃-uteの日のやつね)の内容をみてたらともに欲しくなってきたよ。いいことだ。
さて。私はおっさんで、中年で、かつ、学生でもある身なのだが、そして今日はヤフーでブログに関するアンケートがあり、商品当たるかものいやらしさでそのアンケートに答えて、回答の中でこの日記のURLも書いてしまったのでちと躊躇しているが、まあいいや、そうそう今日は、いつもは書かないけど、今日は書くんだけど、さっさと書け:;;:
何を書くかというと今日学校でやったことである。なんでいつもは書かないかというと個人が特定されそうだからさー。でもまあいいや特定されても。で。今日は授業で討論会(しゃべり場)をやったわけですけどね。争点はいろいろあるが、とりあえず「障害者の権利はどのレベルまで保障されるのか」という1点。
 障害者の権利ということでトピックは「介助犬盲導犬などの補助犬、法律により公共の場へはつれて入ることができるがそうでないところ、たとえば住居、学校、職場、こういうところで補助犬が拒否されるケースがある」という話である。
簡単に考えると、「えー、そんなのひどーい、拒否するやつなんてこらしめてやればいいのに」である。簡単すぎたか。まあ。で、しかし、たとえば職場で犬をつれてくる来ないは、その職場のローカルルールで決める問題である。狭すぎて犬を近くにおいておけない職場かもしれない。これは似たような話では車イスバスケを扱った漫画「リアル」でも、その生徒(車イス)ひとりのために学校の設備を改造しなきゃいけないのかという問題である。結局、改造はできるが、それとは別の理由で生徒は学校には行けないというのだがこのへんは本筋に関係ないので略。犬をつれた人が、その犬が生活にとって必要不可欠であるとわかっていても、他の人全員が犬を必要としていない場合、ただひとりのために犬許容することができないと言って、それはたとえば裁判所などの強制命令で改善できるのかね。
あれあれ。
クラス員でうまい比較を言う方がいてそれは女性専用マンションである。私、男であるから、そこには住めない。マンションなどの民間集合住宅はそこに住む資格について勝手に決めていいことになっている。たとえば外人は住まわせたくないとか。障害者は住まわせたくないとか。それは外からの力で強制的に変えることができないことである。
だいたいもーこういう差別とか区別の話をはじめると解決が無い。解決が無いものについては審級をひとつ上げて考えたらどうかという話がついこないだ「私家版・ユダヤ」で有ったなあ。
あとこういう差別の話ではいつも私ははみだしっ子のグレアム君が「ちびには小さいベッドを、のっぽには長いのを用意するのが公平か、それとも同じのを2台用意するのが公平か」と言ったのを思い出す。あとグレアム君のとしては「カインに向かって神が諌めるようなことを言うのは(おかしいんじゃないか)」のくだりである。カインとアベルの話、そしてヨブの話、聖書は不条理だらけである。
また話がずれた。
基本的に私の考えは「人間はたいがいバカで、差別の問題を解決することはできない=すべての人について同じ条件で考えることはできない」というものである。違う人には違う条件をそれぞれ用意すべきである。まとまらんが、疲れたので今日はここでやめ。