ゆうがた

当直明けなので昼で帰宅。そして酒類をのみつつ米粉ピザをくい、そのあと調子にのってコメとツナとキャベツなどを食って寝ていたら酔いがまわってきてゲロを吐き、もったいない、食ったものを無駄にした。
 しかしこれも自宅でしていることなので、外で飲んでゲロはくよりは余程助かる。精神的に。
 まあいいです。
 
 まあしかし。年末でもあり、2012を振り返りつつ、2013の展望についてちょっと記しておくのである。
 
 とはいえ。
 
 2012は、あちこち行った年であった。海外は2011に2回も行ったが、国内であれば2012は本当にヘビーな動きであった。順不同、屋久島鹿児島、青森十和田酒田、直島豊島、野島崎、浦佐、金沢。あと赤石岳。このくらいか。たぶん。
 どこもいいところである。
 
 多分「アート」をおっかけている面がある。おもしろい。昨日の当直で職場においてある朝日新聞をがさがさしていて、月に一回の「論壇時評」をみつける。高橋源一郎。これはなるべく読むようにしている。
 今回(12月)は、会田誠のアートから、いまの政治がアートそのもの(挑発的)じゃないのっていう皮肉であった。
 それでなくても朝日新聞はいろいろあるがともあれいろんな現実をオレに教える媒体として機能している。ネットではないので、オレが選んだものではないことをオレにつきつける機能があるのである。
 自衛隊の中で内部告発してきて退職したのでいちおう自由になった人のこととか。何を、というと調達における金銭不正流用のことなのだが。この人暗殺とかされないのだろうか。日本はおそろしい国なので都合わるいことあるといやがらせをした上で暗殺とかする。メキシコのこと笑えないし。
 小熊先生(K大)は二回くらいオピニオン欄に登場して、確実に変わっていく日本について語っている。いわく。国民の声が「整然たるデモ」という形式になって、すくなくとも、国を動かす重要課題についても、国民の声をきいてみようという「公聴会」が何回か、ひらかれた。それで民主党みたいな党でも、形式的にでも、将来の原発アウトを言うようになったのである。いくら自民党にもどったとてこの流れは止まらない。そもそも、制度のチャンピオンとしての民主主義は、もう敵がいない(共産主義はほろびた)故に、もうどうにもできないのである。
 間接民主主義がうまく機能していないのは明らかである。
 参加している、そして声が少しでも届いているという実感がある装置をつくらないかぎり、いつかは不満が爆発する。
 それは先進国共通の事態だ。
 あちこちの国では自治体を小さく区切るとかいろいろしてなんとか何かを流れて流す流通させる装置をつくってきている。
 日本もその流れとは無縁でありえない。
 
 みたいな話だ。