今朝かんがえていた
「全ての他人が大嫌い」というテーゼに関連してなのだが
大嫌いゆえとおざけておく(社会なるものがあることは
理解しているが他人がたくさんいるので遠くにおいておくにこしたことは
ない)戦略
ですけど
こういう「結婚すればその他人によって生きていける」かも
って考えるのが危険きわまりないということが
ここ(とげったー)においても多数指摘されており
ツリーの結論めいたものはないにしても
「経済的困難を危惧しているなら経済の能力を自分でみにつけることが
おそらく愚直にして最高の戦略であり
他人にそれを期待するのはあまりかしこい戦略といえずリスクも高い」
という単純な帰結に至ったわけである
考えてみれば当然で
原因(’動機)がはっきりしているのだからその原因(問題点の中枢)を
退治しないとこの問題はぜったい解決しないわけである
感情と理屈を分けて考えるやつがいるが
感情ったってその根本に「その出どころ」があるわけで
こいつがきらいだ理由はない
とかいっても
こいつが昔いじめてきた奴に似ていてしかも当時いじめてきた奴にしかえしもできなかったことを今でも悔やんでいる
とかさあ
なんらかの原因動機が底のほうにあって
ただ思いだしたくないだけとかね
まったくなにも理由がないことはない
関連がいかにめちゃくちゃでも人間の脳はなにかと
無理にでも関連づけて常に考えている
あらゆる陰謀論だってそうだ
陰謀論が感情とかムリな理屈づけとからんでいないわけがないのである
オレはそう信じている(信じてるっていってるだろ!うるせえな!オレが信じてるから信じてるんだよ!)
こういう怒りのうちにかならず原因動機(動機の原因)があるんだよん
だよんちんぴょろすぽーん
いいことばだ