新聞を買いにLへ歩いていき
晴れたいい朝だ
かえりに道に出ていたばあさんにはなしかけられた
仕事かいっていうから
新聞かってきただけだ
とこたえたら
えらいねえ~~
といわれた
そういうもんか
分裂すると分裂してしまうので
ありていに書くしかないのだが
毎日(「3年撤退・・3年ももたないかも・・」 )と現実に考えており
その場合に自分に対して「これでよかったのだ」という説得も考えている
のである
未来の不確定性も加味したとして も
別にその「合理的理由とか物語的おちつかせ(ナラティブ)」が
なかったとしてもだいじょうぶなんだけど
あったほうがオレが自分として快適なのである
一方でそうならないようにしゃかりきにもやっているが
しゃかりきになりすぎるとそれはそれで精神安定が崩壊しそうなので
なりすぎないようにしている
というのがある
バランス
バランスの正解などだれもしらないのである
そうである
じっさい別に落伍者といわれ烙印をおされること自体は
認識の問題なので他人がなにをいおうとどうでもいいのである
オレが食って生きて食って寝ていられればいいのだある
それがオレの生存で生活だ
せめて3年のあいだに可能なかぎりで
棚で主張したい
棚で実存をアピールしたい
というのはあるのであった
それくらいはあるんだなあオレにも
書いてみてわかったが
それって実存(あるいみではプライド)
の問題だからね
オレは経済的成功をもって他人を屈服させることがかなわないのはべつに
どうでもいいんだけど(屈服というか承認のことですこれは)
しかし他人に対してせめてこれだけは他人に承認してほしいのは
やはりオレがこれまで社会や他人などについて考えつづけてきた
結果としての思考や思惟が形になったものとしての棚のありかた
ひとめみればわかるタイプの
を他人から承認してほしい欲はあるんだなあ~
あるなあ|~|
それってないほうがいいんだけどな||
でもあるものはしょうがないのかもしれない
オレはいまやっと春になりつつある釧路に於いて
ああ
春って素晴らしいな
と思いながら
どこまでこの暫定限定3年間を充実楽しめるか考えているのだった
バケーションちょっと長いタイプの
バケーション
しょうがないのです
あさめしのパンをくおうぜ