女子ラブ、オトナになっても女子ラブ

昨日アマゾンから届いたのでさっそく読んだエロマンガのみようみまねレビュー。
書影は「うそつきなきみ」。もう一冊「センセイとイイコトしよっか(はーと)」。
著者両方とも大波耀子
 
届く前にアマをみてるとユーザーによるレビュー、天然猫肉汁アリス缶詰さんによる大量のテキスト。
がしかし氏の絶賛する「Pleiades」は、イマイチ、オレのこころには響いてこなかった。
でもなんというか、この作者の描いてるのは、他のエロのマンガにないものがあって簡単にいうとちょっと毛色が違うというかなんというか。
 ところでエロマンガの女性作家と男性作家でいったいなにが違うんでしょうねえ。
 ファンタジーを二次元化して他の人にみせるだけならそれは「自分の好み」なんだろうけど、それが「読者の9割以上は多分男性」なマーケットに出すときには「そのようなユーザーの受けを考える」必要がある。いつもちょっと疑問なのは、男性作家ならば自分の好むことがすなわち自分とおなじ種属である「エロがすきな男」にむけてのものに重なってもいいんだろうが、女性の場合はどうなのだろう。
 
 ここでひどい転換だが、自分の書いた文を全否定。男性作家だからといって、自分の好きなエロのことをマンガに描いたとて、それだけで売れるわけねーじゃんバカじゃねーの>?
 エロマンガがなぜ面白いかというとそれはエロである以前に「おもしろいマンガ」だからなんだよ。だから読むんだよ。その上で「エロ」だからオカズに使えるんだよ。ただエロいだけなら二次元絵が一枚あればいいんだよ。すばらしい二次元絵はそれだけで何回も使えるよ。でもエロマンガにはどんなにアホみたいな話でも話があるんだよ。
 
 で、話ですけど、ここで急に大波せんせいのマンガに戻りますけど、基本的にハッピーだ。
 「センセイ」は、女子あるいは元女子からの積極的なアプローチが多い。つまり女子から「やろう」という話。あるいはそうでないのもありますけど。センセイ、家庭教師のセンセイ、オンナ上司、年上のイトコ、友達の姉。まあ表題が「センセイとイイコト」なわけで、そういう話を期待してる人にとってはまったくそのままストライクな短編たち。
 一方、「うそつき」は、個人的好みだけですが、収録作では「ウエービーハニー「ウエービーハニーはお年頃」の二本(連作)がすごく好きだオレは。こういう自分のなにかにコンプレックスがある女の子の話だいすき。「だがそれがイイ」のである。ウエービーでわかるとおりくせっ毛に悩む女子なわけだが。そんなお前がいいんだよ。
 
 レビューって難しいですねーーーー全然まとまらない。ともあれ、まあ、今年はエロマンガをたくさん買ってみよう、という年なのでこうやって行き先もわからず大海原に飛び出したわけで、新作じゃないものでも読んだことないのいっぱいあるし、主に表紙買いだったりあちこちのレビューをみて面白そうなのを買うという方式になりそうだが、本当に人の好みというのはたくさんいろいろあって、たとえば「牧場氏」のいう牧場が最高というのもちょっとだけわかるし、そんなこんなで、男性作家だろうと女性作家だろうとそれをこえていろんなエロの好みの方が分散が大きいと思うのでたいして関係ないか。
 こうやって同じ作家の二冊を買ってみてもぜんぜんちがう趣向だしな。ともあれ買って損なくてよかった。
 今日のタイトル「女子ラブ、オトナになっても女子ラブ」というのは、まああれだ、二冊読んで思ったことが「女子がラブしててたのしくキモチいいのが女子を卒業してオトナになってもつづくといいなあ」ということで。つまり主人公が女子。叙述が三人称でも主体は女子。そのへんが女子作家のことか。マンガで「叙述の分類」「主体の分類」するのもどうかと思うが。なんせオレがそう思ったってだけだからなあ。