遠い太鼓 (講談社文庫)
を昼間読んでいた。長野にきてはじめて買った本であり、長い旅行の記録でもある本である。もう5−6回は読んでいるが、何度でもよみたいので文庫で買った。
要は「長い旅行」というメタファーである。短い旅行なら、腰を据えてその地になじむなんてことはない。移住であれば、「次に動くとき」のことを考える必要は無い。しかし「長い旅行」は、ある程度ひとつの地にとどまるが故に、ゴミだしの曜日のことを考え、また、次にうごくときのためにあまり大きい家具は買わない方がいいなあとか考える。考えることだらけである。
丁度、いまの自分がそういう感じである。腰は据えるけれども、一生この地に住むとは思えない(可能性として無いわけではないが、薄い)。
だから引越しのダンボールは、空にして、とっておいてある。TV、ビデオ、パソコン、プリンタ、HDD、冷蔵庫、みな輸送用にダンボールをとっておいてある。じっさい、今回の引越しで大変に役にたった(もちろん7年同じところにいたので場所ふさぎではあったが)。
まああまり先のことを考えても仕方ないが、5年から10年のスパンだと思われる。最長で10年。それより長くこの地にいることはないだろう。多分。わからんけど。金ないし。たまるかどうかもわからない。でもある程度は貯めないと仕方ないだろう。生存のために。
いちおう目標みたいのはあって、そのとき(仮・10年後)になって、なにか達成していることがあるべきと考えられる。具体的にはその食っていける技術。資格があるだけじゃなくて経験とノウハウがあることで、非常勤でパートタイムでも、どこにいっても食える技術。いちおう。
というものが果たして身につくのか。
が、課題。しかしこんなこと言ってても、とつぜんナニが起こるかわからんのが世の中というものであり、まあなんだー、よくわからんくなってきたので本のつづきを読もう。