情報通信の変化

今日は客先でグーグルストリートビューの話になった。
 
その流れで、「ネットは最早切ってもきりはなせないものになってしまった」話になった。
 
日曜の夜電波を車移動しつつきいた。21世紀初頭には、ファッションショーの資料といえば写真(スチール)とDATで現場で録音してきた音楽。いまやどのメゾンでもショーの翌日にはサイトに動画があがる。
 
たしかに。
 
ネットが運ぶ「音」「映像、動画」そして文字媒体の情報、他人の意見、ニュースについての他人の多くの意見、ツイッターにおけるRTの影響と返信と、買いもの、輸送、他人が何を買ったか、それについての感想、違う世界とオレの世界との比較、離れた地域のラジオをきくこと、エロい絵を見ること、エロい動画をみること、アニメを本来の視聴地域ではなくても見れること、音楽をとりこむことDLすること、
 すべてネットによって可能になっている。
 
 ネットなくしてオレの娯楽生活はまったく成りたたない。
 こうして日記を書くのも、他人様にオレの日記を読んでいただきそれでカウンターがふえるのがやりがいになっていてうれしいからだ。
 
 とくに動画は世界を変えたのだと思う。世界のどこのどんな動画もネットにはある。
 
 それをどう使うかは、使う人の自由にまかされている。動画で金銭を得て生活するのもいい。ようつべに自分のチャンネルをもつ、わけだ。
 日本語と英語で日本のニュースとネットの反応と自分の意見を語るチャンネルをつくって毎日配信してそれに客(視聴者)がつけば広告媒体としての価値がうまれてそれが仕事になる。だろう。うまくいけば。海外にいる日本人がみてくれるかもしれないしね。