日本の問題3

というのは

 

というのはやはり

オレは

『現代ロシアの軍事戦略』を読んでおりまして

その中で思うことはそのような国に住み

住民としての生活と国民としての生活があるわけですよ

住民としては愉しく暮らしたいが一番である

(に 決まっている)

楽しいくらしのスタイルは人それぞれであるが

それを追求したいことは誰でも共通していると思われる

のである

つまり人間である以上は「すこしはまともな人間として

他人の役にたって歓びを感じるとか自分が何によろこびを

感じるかを知ってそれをできるだけ多くしたい」といった

価値

そう

価値をもとめて生活=~生存LIFEを過ごすことが

個人として人間としてのそれこそ日常だと思うのですね

 

個々で言っていることは「欲望」とかそういうタイプの

単語ではなくて

もっと下のレベルで

快適である

不愉快ではない

たのしい

おいしい

きれいだ

他人からいきなり暴力をうけたり簒奪にあったりしない暮らし

といった「快」である方向のことを言っている

 

さてそれとは別に「国民としての人間」があって

これが

たとえばロシアでうまれて

(ロシアって徴兵制?)

ロシア軍人になるというのは

それは「国民としての」兵役である

べつに個人がそれをのぞんだわけではなく

国が決めたのである

国としてはいろいろある中でこのような方向に

国としての活動を行う

というそれぞれの国活動があるわけである

 

国によってそれが違うので

違うことをリアリティとして扱わないといけない

 

たとえば政府に反した言動をすることそれ自体を犯罪である

として検挙する国もあるし

国としては国民の義務として

労働・納税・教育

の他に「兵役」も入れている国もあるでやんす

 

いちおう西欧にうまれた「近代国家」の仕組みでは

労働・納税・教育の3つだけでいいはずなんだが

兵役はあるねえそこかしこに

 

これが国民としての人間の姿であって

われわれはこの星では

かならずどっかの国民であるということに

されており

 

国民ではない(どこの国の国民でもない)となると

国民であるよりもさらにまずい扱いしかない

ような

つまり誰も人権を保障しないような立場になってしまう

のである

怖い話

 

でもあるんだけど

 

だからオレだって「国民」なんて概念のことを

いつもは日常では考えたくもないし

そんなん遠ざけておきたいし

こっちくんな

と言いたいのだけど

それでもそれはリアリティとして「存在」する以上は

無視もできないし消えてなくなれと言っても消えない

のである

 

官僚制というものが

オレが「そんなん醜いな・・」と思っていても

存在しつづけるのと同じことである

 

ルール

制度

法制度

行政府が国民に関わるその時その手段その時期その案件

 

行政権力でもあるんだけど

 

そういう「国」由来のやつらは

確実に

そこにいるのである

 

Gみたいなもんで見えなくてもいる

 

イエ制度を「信仰」しているような与党をいだくこの国で

行政府とて「イエ制度」からフリーになれないのが

この国なんだけど

ここでは「イエ制度」は一種の比喩として

つかわれるのである

つまり

行政モデルが「イエでの親が子を世話するがごとくに」

気持ちのわるい態度で国民に対して

せまってくる行政

というモデルである

やんわりした言葉の表現を使いながら

強制力をもって執行してくるあたりが「イエの親」制度

的な気持ち悪さなのである

 

せっかく近代的な「制度」なのにさ

土着をもちこみやがって

まったくダサいやつらだ

 

日本の行政府のようすについて

例としては

sanukimichiru.hatenablog.com