わからんなりにいろいろあるのだが
いろいろあるぜ
すべてが他人なのだが
あらゆる他人とのやりとりがなくなることがすなわち社会的死
なのだが
かといってこのわずらわしさ
嫌われてもぜんぜんかまわないのだがそれなりに摩擦をさけるべくの手段をこうじる
うぜえ
どこまでいってもこれは同じであって
完全に孤立するところまでもっていくことができない
今日ついったで見てたら
古典なのに本邦初訳っていう本があって
なんで戦争に成っちゃうのって本だが
『国際政治における認知と誤認知』
だそうだ
ロバート・ジャーヴィス
政策責任者がその情報を入手したときに
意図(向かいたい方向)とは別の方向の情報ばかり集まった時
かれはどうするのか?どう感じているのか・__?
みたいなことなんだってさ
まさにこれは「解釈」じゃんね
事実を事実として「受け止める」ことができないといっているようなもんだ
それが「誤認知」なのだろうか
おもうにあらゆる職場のバイトの諍い喧嘩衝突
なにもかもがそうだ事実を事実ではなく
たとえば「オレへ逆らう意図のある言動だ」のように
受け止めるのである
だいたいそういうのは潜在的恐怖からそうなるんだとオレはみているが
ともかく事実を事実レベルのことだけうけとればいいのに
そうしないのが人間だ
とかね
そう思うね
しかしこれはマイナスの誤認知であって
プラスのそれもあるだろうし
多くの場合そういうすれ違い認知がなくては
人間は仲良くなることもないだろう
さいしょからなんとなくウマが合うとかさあ
あるけど
誤解がきっかけだったりするじゃーん
来年は午年だ(うまどし)
なんで午(うま)なのかね
馬じゃなくてさ
は~~~なるほそ
「12時」を指すのが「午」だったからですって!むかしの時計!方角!
へえ~~
12支ってそういうことだもんね
ハンタでは12支んだけどね