・ここ最近ののさんのことが多くなっているような気がする、わしの頭の中に。ニュースも多いが。そうだ、BiDanを立ち読みしておこうと思って、忘れた。銭形金太郎も見忘れた。何やってるんだ。ボゲボゲしています。今日は雨で一日中家にいました。本当はバイト申し込んだところからのTelを待っていたのだが、こない。夜になって外に出て、パシイベへ往復はがきを出して(結局、平日夜は学校あるのでそっちを優先して土曜昼にみられるまーさ雅にしましたとさ)、電車で読書して、焼酎買って戻ってきた。あと古本屋で立ち読みした。
・電車で読んでたのは歴史をいかに学ぶか―ブルクハルトを現代に読む (PHP新書)で、立ち読みしてたのは「B」で生きる経済学 (中公新書ラクレ)。そういえば今朝のJOLF朝のモリタク京急の特集やっていた。京急、はやいのはいいが、普通電車を平気で遅らせるのはどうしたものか。最終の方のことですけど。羽田からきて、品川で山手に間に合わないことがあるんだ。えっとBで生きるというのはAを目指さずCへ落ちずということなんだそうだ。Cとは年収100万以下なんだそうだ。よかった、わし、まだCじゃないや。でもいつでもCに落ちれるね。あとブルクハルトですが、この先生は、名前だけ知っていたがその像については今回はじめて触れた。面白い。なるべく死んだように生きてるくせに彼にとっての同時代についての考察は止めないし大学の先生として理想的に静かに生活費稼いでるし。それにしても、私も思ったが、「歴史が一直線に、現代に近づくにつれ進歩してきている」という進歩史観から抜け出すのは容易ではない。じっさい、私も普通の20世紀の日本での歴史教育を受けてきた者としては、「進歩してきたもんだ」と思いこんできたし、なかなかそれから離脱できない。無駄が多いとか、円環しているとか、ジグザグだとか。たしかに日本は進歩してないどころか退歩しているが、それは別に歴史的に珍しいことではないのだなあ。未来に悲観的。「良くならない」ことを、イコールで「悪くなる」と見る必要は無い。「よくならない」けど、「現状維持」ということだって立派な目標だ。なにしろ、「悪くさせない」のだからな。進歩しなくてもいい。脳卒中で倒れた後の、生き残ってしまった人にとって、現状維持というのはかなり高い目標でもある。たとえ、倒れる前にくらべてレベルが低くても。なんで急に脳卒中が出てきたかというと去年のバイトが老健だったからだ。
・あとヤフーで見たなあ、「SEXY BOY」のPV(一部)を。曲も初聴だったのだが。思ったこと。入れる合いの手、多すぎ。あんなに全部の切れ目に合いの手入れてられっか。わしゃ、ボケっとして見るぞコンサでは。PV的には、白い感じの美少女(一部除く)たちがそろって面白い動きをしていて、みんなスタイルいいなあと思いました。というか娘。の10人、身長の偏差が少ない。と、いまさら思った。あの白いふわふわした衣装でコンサもやっててくれるとうれしいが多分違う。→なんだ、Gyaoだと固定カメラでフルでやってるじゃないか。見た。うう。なんかおかしい。顔がよくわからない。