よる

山里「不毛な議論」きく。外回りするようになって車でラジオきけるからはかどるわー。
なさけなくておもしろい妄想。やめられん。
 
いろいろあるが今日は不毛な会議だった、阿呆である、オレの人生がそんなもんに毀損されてたまるものか。
 
他人がやらないことをやるって大変だよね。でもそれしないと違う結果を出すことができない。ただ単に組織がイヤだとかいってる場合じゃない・
 
 どうもならんことについていろいろ考えている、病院という形のシステムがどうもならんことになっていることについて。
 一方で「とくに、治療ではない」「とくに機能向上とかめざさない」ようなところの方が、落ち着き、満足感、そして健康の増進が得られることがある。
 
 病院はまったくだめだ。患者中心ではなく、「どうすれば一番儲かるのか」を中心にして勝手に入院期間を決めていく。
 治療。治療が医療であるということにされると医療は経費が発生して健康保険の会計からお金が入ってくる。病院はお金を得られることだけをやるのである。
 
 なおるまでいられるとかそういう問題ではない。よくわかるわ。
 
 とくにどうもならんのが認知症という精神症状である。
 記憶、感情、性格の激しく歪んだかたち、不安、不安から生じる行動の極端な危険性。
 
 Eテレはそういう現実を見せてくれるからいいね。でも認知症になると正直になってそのとき思っていることをぜんぶふつうにダラ流ししてくれるからそれもまたいいのかもしれないわ。
 
 一方で統合失調症ってのもあってわけわからんこだわりとか停滞とかいろいろあるんだが、人間はいろんな意味で多様ですなあ。
 ホームホスピスって言葉があるのね。NPO法人