ひる2

いつも見ている人の日記が10年というので、おめでとうございますと言おうと思ったが、まあここで書いてもいいかなと思い、ここに書く。 ”A Goofball"様、10年おめでとうございます。いつも(本当に)読んでます。 楽しみにしてます。
 
とはいえオレの日記も10年だった(2005に開始したので)。
10年たって何が変わったのか。恐ろしいことに、ほとんど中身は変わっていない。国家資格を得て働くということをしているが、本当の意味ではオレはこの資格を持って働くことに適した人材ではないと思う。だから軋みが生まれて苦しんでいる。しかし、必ずしも適したものを見つけ得ることばかりではなく、多少の軋みで死ぬわけではなく、じわじわ死んでいくくらいのものだ。
 
ツイッターを始めたのが2009年で、数年ほっておいたがそれからフォローとか増やしていってそれなりのTLが形成されているが、TLを見ていると述懐みたいなのを見ることがあり、顔もしらない相手なのに、ツイートが関連していて、エアリプとも違う感じである。著作権があるのでコピペしないが、大意としては
A:こっちは家族と過ごすのを幸せに感じるのだが、妻を筆頭に、毛嫌いされている。だから家では孤独になれる訓練をしている。
というツイートの後に、別の人が、リプライではなく、
B:昔は「家族と過ごすのが幸せ」なんて口に出して言うもんじゃなかった。子育ての戦場というものもある。
というツイートをしていた。
 
BはAにリプではないので、AとBとを両方フォローしている人はこれらを比較してみることができるがそうでない人はみられない。
 
Bの言うことはわかる。絆とか人の暖かさとか心とか愛情とか、そういうほんとうは目にみえないものなのであるのかないのかわからないものとして扱い、音として口に出さないという習慣がかつてはあったのだ、そこいらに。
 
Aの悲哀はわかるのだが、家族というものは長年にわたって続けられるものなので、毛嫌い期があってもまた氷解する期もあるのかもしれないし、また、ないのかもしれない。
 
 友人(だった)の家庭で借金問題を期に離婚しようかというところまでいったけど踏みとどまったという家庭もあった。なんで踏みとどまったのかは知らない。
 
仕事でうかがう家庭は皆老老老人家庭であり老人と老人の夫妻であるがあまり仲良し夫婦みたいなのは見られないが笑いと会話が絶えない家庭はあるのでそこはかなりシビアな身体状況ではあるがそれなりにやってますよ感がある。