よる

録画の「こころ旅」 ディレクターズ・カットをみている。 妻と結婚したが4年たって病死してしまったという男からの手紙がきている。物悲しいのかもしれないがけっこんできたとはなんとなんと幸福な男であろうか。なんと。なんと。
 
本日はいつものように仕事して雨がふって、雨は毎日ふって、毎日毎日ふっている、こんなに連続して降るともういつ太陽を見たのか思い出せない。
 
思い出せない。
 
職場にて同僚と話すが話すと落ち着く。話せることに落ち着く。
 
千葉県って平らだなあ。マザー牧場いったときには「凸凹だ」と思ったがね。飛行機で羽田につくまえに房総半島上空を旋回するとゴルフ場だらけなことがわかるんだけどね。
 
岩手県までくるとゴルフのようなものは金持ちのやることなので北上山地は普通になにもないただの山である。山があるだけ。
 
オレはからっぽな人間なので人からいろいろ話をきくとほっとする面がある。結婚式に出席したとか、そのときの衣裳をどうしたこうしたとか。結婚式なんて人間の絆のつながりの象徴みたいなもんである。ご祝儀だすもだされるもつながりを深める行為である。オレにはもう出席する式がない。葬式くらいのものだ。
 
火野さんにしても「いつも見てます」といわれたらにっこりしないといけないというのがたぶん苦痛なんだろうなあ。

伊集院さんが旅していろんなところでいろんな出会いをしているのは面が割れているからというのは大きくて、誰でもないアノニマスな初老の男がふらっと出歩いていてもべつに交流したいと思う他人は存在しない。四国遍路のお接待ではないのである。