とはいえ

とはいえこれは負け惜しみ

負け惜しみではないんだけど

負け惜しみなんだけど

 

こういうピンチに立たされるのは

たしかに精神的に不安ではあるが

同時に「こういう経験・・・」という意味で

味わえるところのモノをありがたく味わいたい

という気持ちも同時にあるのである

それはオレが虚勢でそういっているのはたしかにあるとは

思うのだが

(たとえば交通事故の当時者なんてのはもう一生死ぬまで

もう一回たりとて経験なんかしたくないです)

おもうのだがこの社会はこういう構造になっているとか

書物やネットで目にしても

実際に経験することって

なかなか一部でさえも

経験なんかできないんだよ

 

だいたい多くの人が

旅行さえもせず

たのしい小説も読まず漫画もよまず

みんながみるようなというTVちょっとみて

そのくらいなんでしょ

知らないけど

 

うーん

 

それでもオレにこうやって

自由時間がいまある(明日をもしれぬ身であったとしてもあるんだ)

ということは本当に

これ

貴重であることには全く変わりはないのである

ガケがそこに見えていたとしてもこの景色は

楽しまないと損なのである

ガケにおちないようにすることはしますよ

だって落ちたらしぬもんね

 

だからするんだよ

することはする

書くものは書くし

そしたらオレは自分にむかって「書いたぜ」って

言えるじゃんね

あとは非正規労働者として死ぬまで働くでいいじゃん

一回書いたら書き方がわかるかもしれないよ

そしたらつづけられるじゃんね

節約料理だってつくったらつくりかたがわかるよ

 

でもそのためにはアパートに住みつづけられる能力が

というかうーん審査

うーん

 

もどってきたわ