4月26日(水曜日)

はー0

やっとここまで来たぜ今日がおわれば休みだぜ

 

わかっていたがお仕事でお金もらうやつを開始したらば

まいにち(次の休みはここ・・・ここまでは・・・)

考えるようになるわけですよ

つまりはやく休みよ来い!恋!

と思って毎日すごしているわけです

 

それを悲惨といえばそうだし

それしかないといえばそうか?

そういうものだともいえるいし

 

「時間に追いかけられる」と「時間をおいかけていく」があり

 

たとえば訪問の仕事は「ああ!もう次の約束の時間だ!」だし

 

保守は「おーーー・・・・まだあと10分経過しないと

終わりの時間にならないか・・・待つか・・待つのは長いな・・」

なのれす

 

そうなのれす

 

わかるねえ

 

リベンジとしてはなんでも観察しまくってやる

というものしかないね

そうです

それがリベンジ

オレはオレ自身をかわいそうな運命から逃れられないやつとは

思いたくないもんでね

考え方の対応だと思うもんで

それは別に

「かわいそう」はあくまで感情と視点の問題でしかない

 

親が死んだらのこされた子は「かわいそう」なのか

3歳児が親を両方なくしたらかわいそうで

55歳が78の親を亡くしたらかわいそうではないのか

どっちもかわいそうなのか

どっちもかわいそうではないのか

 

オレはどっちもかわいそうではない

としたほうがいいと思うね

なぜならかわいそうと思ったところで何の役にもたたないし

 

もし本人がかなしくて涙を流すのであれば

かなしいね

と横にいてあげることだけはできるけどね

でもかなしみは本人のものじゃん

 

そういうのがオレの基本のスタンスになっている

 

これは理性の考え方のスタンスであるとしていいと思うのだが

どうかねえ

 

村上春樹村上龍の新作両方とも出てる2023年であり

この二人はやっぱりすごかった

ということになるのである(息の長い作家)