(つづき)

たまにそのような「外にある社会」

について書いてみたくなるんだが

 

「ある」っていうけど「ない:」かもしれないよ

あると思っているだけでね

 

とはいえある

あるんだよ

 

しょうがない

 

あるからオレがシステムの中でいきている(インフラがその代表だ)

のである

 

オレはいつもおもうんだが社会なるものは

ぶっこわしたい

ときも

守りたい

ときも

両方あってどっちも本音なんだよ

 

こわしたらオレがそれ使えなくなるしね

 

いっぽうで「社会」なんてそんなもん基本

オレには関係ないという気分は濃厚にあって

オレはもう家族をつくれないしあとは父と母の死にざまを

みとってからどっかでどうにか生命が終わるだけなので

そういうのってもうこのさきになにかを守りたいとか

思わないので

「自分のラクで快適な生命があるあいだの時間」を守りたいくらいのもので

そういう声明って

社会性ノカケラもないようなひどいエゴイズムじゃんね

自分だけラクで快適ならそれでいいという