あわよくば、は、見つからなかった。
しかしそうではなくて。銭湯で湯船につかりながら考えていた。そう。
つまり「理性」ではなく、「無私」だ。「見返りのない」だ。そう。あのね。
よくわかるのだが、二次元のキャラに対する愛というのがあっていまこの秋2ch投票所ではアニメ最萌トナメが白熱開催中、26日のけっか は、まだ知らないが紫苑さんが勝ったとは思えないのう・・・(いま結果みてきた)・・あれーのどかまで負けてしもうた。相手が悪かった。まあそういうわけで二次元キャラへの愛、あれは当然ながら相手が人間ではないから、なにも相互交流できないし、いわば見返りを求めず、ただ捧げるのみだ。その存在がそこにあることが自分の幸せ。って、歌う人間のアイドルさんも同じではないか。
同じだが、「いや、人間だ!」と思ってしまったが最後、そこにはブラックホールしかない。捧げても捧げてもなにもかえってこない反響しないただ飲み込むだけのブラックホール。それをそれでよしとできれば、つまり見返りがなくてもよくてただ愛でる花を愛でるその他、いやーまた昔からある話を自分のこととして書いてしまっているが、こうやって自分で書かないと確認できんのだ、仕方ない。
そういうわけでハロヲタをやめる日とは、アイドルさんに対してただ一方的に愛を捧げることに我慢ならんくなったときである。
それが今なのだ。
いやべつに熱を上げすぎてもうどうにも止まらなくなったわけではない。
アイドルさんに熱を上げてもどうにもならんにどこにもいきつかない、ただ捧げるだけなのはいつまでもただ捧げるだけだとふと思っただけのことだ。
 ロボットには心はあるか。www.miyazaki-u.ac.jp/~e02702u/papers/robot_all.html
 別に唐突にはりつけたわけではなく、自分の中ではするっとつながっている。つまりアイドルさんは人間であるから、人間ならば人間らしい感情があって、それは他の人間とも共有できるんだろ>?って話。
 しかし、こうやって書いてみてもキモいものはキモい。その通りだ。
 あと、二次元キャラとアイドルを同列で並べるのは間違っている。二次元キャラはどうしてみても生きていないが、アイドルさんは残念ながら生きているのであらゆる可変性があり、間違えてヲタと交流したりすることもあるからである。握手会ってなんて残酷な、であるよ。
 うわ^−@
 反省して寝ます。