実存に傷がついている

とでもいうのか。
 
 まったくオレはいつまでも中学生だなあとつくづく思うのはこの日記がいつまでも自分がテーマであるからだ。自分のことにしか興味がない。そして自分のいい気持ちだったことが最高の価値。
 そういうのが中学生のオナニーなんじゃなかろうか。
 つまり、やっと(男子のことしかしらないけど)オナニーを覚えて、これがまた最高に気持ちがいいのでやりまくってしまう。射精の快感。エロ本というものがあるのを知ってとにかく見てみたい。自分で買えないので、兄とかいるやつの家にいって兄のエロ本を盗み見。親父の部屋をさぐって洋モノのエロ本みつけた。ビデオライブラリーにかくしてあった洋ピンみつけた。
 (ワキにそれるが、洋ピンなんてもう死語だよね・・・)
 とにかくオナニーそのものが気持ちいいのでもうたくさんしてしまう。同級生の女子をみて、その子の裸を想像してしまう。とにかくなんでも。
 
 えっと、「それが最高の価値」のことですよ。いちばんよいこときもちいいこと。
 
 だんだんと、それが、年をとってくるにしたがって、オナニーだけではなく自尊心というものがあってつまりそれがプライドだ。自尊心が満たされることの気持ちよさ。他人からの承認。というふうに進んでいくんだろだいたいの場合には。そうでない場合もあるけどね。
 他人からの承認が相互承認にすすんでいくのが理想的な人間関係のありかたとされている。
  
 つまるところなにがいいたいのか。
 
 もうちょっと整理してからにしましょう。
 
 今日はあまりに疲れていたのでなんか定時のあとにある説明会だかなんだかをサボって帰ってスーパーにいった。1700〜ごろのスーパーは、まさに夕食ねらいタイムであり値引きタイムであり、50円引き100円引きのステッカーの乱舞。あれは麻薬。すきでもないものを狙ってつい買ってしまいたくなる魅惑。
 今日の夕食はその値引きのカンピョウ巻・きゅうり・たまごやき・値引きの豚ロース肉と人参のあわせ炒めた、だった。うまかった。のこりものの米もちょっと食べた。

 えっと他人からの承認なしに自分ひとりでなんとか人格を確立してちゃんとした人間になるってのは人間にはムリなんですかね。へんな問いのたてかただ。ちゃんとした人間の定義が無い。
 でもなんかそうではなくて、定義以外のところで、「方法としてはその方法がよいとされているようだ-*-なぜならばこの方法がここ最近の人類の歴史では採用されておる-*-採用されてるのは最適だからだ(仮)」ってゆう論法。皆がそういうのでそのことが正しいんでしょうね、のこと。
 したいしたくない、の方が、正しい正しくない、より、上。