ゆうがた2

 今日は外まわりの引き継ぎだった。
まああれだ。他人を信用して引き継ぐなんてのはオレの苦手分野だがもはやどうでもいいわ。信用してる。無根拠で。それでええわ。
 
 どうでもいいともいえないかもしれないが。
 
 でもどうでもいいといいきる、そして鏡で笑顔、このあたりがだいじなのではないか。笑顔は形からはいることの大事さで、どうでもいいといいきるのは本当にどうでもよくなることへの布石である。
 本当にどうでもいいというのが多分真実なのだ。
 なにしろたいていのことは過ぎ去ってしまうとどうでもよくなって、最早、過去の遺恨をさかのぼって晴らしたいとか復讐したいとかもう全然思わなくなった。それがどうでもいいということだ。なにしろその過去はオレにとって最早無価値(影響ない)なのだからな。
 
 もちろんよいことの記憶はあるのである。よい風景を見たとか、よい人からよい扱いを受けたとか。ありがとうと言われたとか。
 そこで笑顔である。笑顔はいいねえ。いや、外回りでクライアントの人が引き継ぎの人にそう言っていたのだ。
 
 へえ。