今日はバタバタしていて移動中にラジオをきくゆっくりする時間もなかった。いまからきくわけだが。たまむすびにおけるジェーン・スーさんとか。しかし忙しいのよその3時からのタイム。短いし。相談は踊るを聞きなれていると2時間くらい尺がないと物足りない。
所詮は中年。くたびれて。くたびれて中年。黄昏て中年。澱み萎え、枯れて舞え。
他人の頭の中身はわからない。
近くでまじまじと顔をみていてもわからないし、できれば好かれたいとかいい方向へもっていけるような対応をしたいとか楽しくしたいとか、興味関心をもってほしいとか、オレが持っている興味関心は器から溢れてはみだしてもう洪水だとか。
そういうことは思っていて顔に出ていてバレていてあからさまだとなっていたとしても、それはあくまで一方通行のバレであって、反対方向はいっこうにわからない。
わからなくても腹は減る。
中年だって腹は減るしものは食う。夜は寝る。
小正月について、昼間に仕事しつつクライアントの皆さまに雑談の話題としてふってみたら、「(小正月には)地獄の釜の蓋が開く」というのがあった。へえ。
だから地獄からでも魂がかえってくるので墓参りをするのだそうな。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1179511441
そうか!!!
だから「釜が休む」から「銭湯は休み」なんだ。いまわかった。
へええええ。謎の会話してるわ^−この人ボケてんのかな^−−−と思っていたがすみません、いますべてがつながりました。