ypru

yoru

soudes

仕事つかれた

いろいろあった

充実してるのかと問われると

ちょっと自信がない

 

おそらくはオレは社会の中で零れ落ちていきがちな辺縁の部分

に関わることに喜びや遣り甲斐を見出すタイプの人間であるようで

 

重症心身障害児(者)とか

全く本人の落ち度ではなく偶然の確率で

身体に不具合が見られる場合は

社会が公的にそれを支援すべきじゃん 

 

そうやって書きはじめるといつももう社会の公平性と

倫理的配慮と標準とはなにか責任範囲とはとか

面倒な話になるのであった

医療はいつもそのフィールドに存在する

 

トリアージは災害時にあっては正義であるかもしれないが

平時においてはどうなのか

 

あとオレが気になっているのは

あの

会田誠が大学で授業をしたら

裁判になった件である

 

会田の作品はどっちかドッチカトイエバ

オレはそれは結構好きなほうでして

会田を擁護したい気持ちなのだった

つまりそれは「どんなにその表現が

誰かの気持ちを棄損するものであっても

表現そのものは犯罪ではない」と言いたいわけです

気持ちは傷つけられるが

それぜんぶ犯罪?どっからどこまではんざい?わかんないです

 

わからないものを犯罪とするのはまずいと思うのだ

 

何がまずいかというと

女性が「ひどい」と思ってそれを犯罪として検挙してほしいと

エロ漫画に対して言っているとして

 

気持ちには変化があるが

実体としての世界でエロ漫画によって棄損(疾病、傷病、切創、擦過創、その他打撲骨折他の怪我)が発生しているわけではない

 

それよりも上にあるのは

一部の人間の訴えによって表現の幅を規制してもいいことになると

どんな一部であっても「訴えがあった」というだけで

それを規制しなくてはいけないことになるので

最後には世界は暗闇になるのだる

 

 最近読んでいるファンタジーランドアメリカ500年を読むにつけ

 

その人がそのように発言しているだけでそれが真実であるとか

いっちゃいかん感が強くたかまっている

 

真実の様相が層となって上も下もあるのだから

そう簡単にBan を認めるわけにはいかない

それ相応の世間に出して通用する根拠が必要だ

 

厚労省

もう駄目だ