あれですね生物の殺し合いみたいなもんで (アイドルって何?)

齋藤飛鳥氏は「卒業」システムで

まことに外からみると円満にその形態を変えていく女性グループ

を外から中からコントロールしようとする高齢男性たち

が見にくい姿を醜くさらさない

 

(リライト

齋藤飛鳥氏は乃木坂46を「卒業」するという名目を掲げ

これはメンバーの変更をうまいこと言い換えたシステムで

まことに外からみると円満に

その形態を変えていく女性グループ(の伝統)たちである

多くの場合その源流は女学校的なものを芸能にイレこんだ

宝塚音楽学校とその係累といわれているが宝塚のスターの

卒業華々しいはいつからはじまったんだろうね?

そしてそのタカラヅカをそもそもつくった小林一三

いやかれは阪急グループをつくった人間ということで

べつにタカラヅカをつくったわけじゃないのか

どうなんだ

どっちにしろ芸能をやるには興行のそれノウハウが必要

であってそれは誰が支配しているかというとむかしから

商売グループを行うものとしてのつまり経済の主体として

まわしている男性たち

つまり

今でも女性アイドルグループを外から中からコントロールしようとする高齢男性たち

がおり

昔と今とちがうのは

高齢男性たちはコントローラーとして外からは見えない

見にくいようにしてあって

姿を醜くさらさない

のである

 

朝に起きたらキンプリさん(ジャニーズのグループ)が

分裂して分裂したほうの方々はジャニーズ退社すると

いうてまして

それもこれも数日前にあった滝沢氏の社長退任(井ノ原氏の就任)発表

があってのことといわれており

ここでは影にあるのはその会社の創業者一族の醜い子孫が悪と

いわれている

 

どっちもどっちだしそれが生物の食い争いと同じく人間であればそれは戦う

経済でもあるし権力でもある

んでしょうねえ

 

人間社会(現代)では殺し合いをすると刑法により収監されたり長い期間の自由を

監禁(公権力により)されて不自由になるので現代の人間は昔よりは

そういうことをしなくなった

そのかわりに金をもって権力をもってたたかうようになりその力で相手を退ける

勢力圏から自ら退場させる

とか金で支配するとかいうことをきかせるとかするようになった

さっさと殺したほうがさっぱりしているが如何せんそれが現代の人間である

 

さて金と権力と暴力(直接暴力)という3つが出てきましたが

 

おもえばどれもわかったようなわからんような概念である

モノ

として単純に語れるものがひとつもない

いうなればどれも「行為」であって

さらにそれはどれも「結果を他人に及ぼす」ものである

したがって象徴的価値と因果的価値をそこに刻印されているもんだす

これはオレがいま勝手におもいついた単語

でもたぶん象徴的価値ということばは使われている

因果的価値とはなんだろうね思いついた本人がなんだろうねもないもんだが

 

「おまえはこのグループにいられないようにしてやる」と

いうのは意思であってそれを権力保持者がそう思ったときに

行動が発生するんじゃないかな

 

女性アイドルグループの「卒業」システムは新陳代謝とか言われるが

もしセルフプロデュースでやっていて「運営」みたいな高齢男性が

多く支配するような意思決定システムさえなければ

「卒業」みたいなソレは発生しないと思うがどうか仮説

 

いやさ

乃木坂ANNで菅井さん(櫻坂)の話を

きいていて久保さんが直にしゅっと「なんでアイドルに?」と

質問したときに

「もう19だしラストチャンスで昔からアイドルになりたい気持ちが」

みたいなことを菅井さんは答えたわけだが

(オーディションの年齢上限が20だったから)

じゃあなぜ昔からアイドルになりたかったのだろうか?

注目を集めることが「仕事」であるような

 

それは「夢」を他人に与えることが象徴的な価値をもっている「職」なのだが

 

なんじゃい夢って

 

あれか

 

他人に対する影響力の行使が「夢」みたいな形をとるってことか

 

いやさ本当にTVで活躍する芸能人!っていったときに

まるでわからぬことはその「職」はいったい

誰に何を誰がなにを「サーヴィス」しているのかしらん

ということで

 

サーヴィス業っていうじゃないですか第三で

農業漁業が1で工業加工業製造業が2じゃないですか

そのようにがっこうでおそわりまして

サーヴィスが3だと

人間が他人へサーヴィスして対価が発生するのが3だっておそわりましてん

 

サーヴィス?

「アイドル」がサーヴィス業?

 

そう考えるとなぜ高齢男性が「運営」として居るのかよくわかるというか

なぜなら

「自分で自分を売り出してサーヴィスしようとする売り手」は

売りたい気持ちとサーヴィスする主体が同じなので

同じでしょ

売りたい気持ちはかくしておかないと

見せないようにしないと

サーヴィスに幻想価値が生まれないからだよ

 

自分からセックスを売りたくてしょうがないという欲をもつ人は

(逆説的に)セックスを売ることができない(ソープランドではない)

 

ある意味それは売ることではなく逆に

「セックスを買うことを望んでいる人」になってしまう

 

売るほうは「しょうがないから売ってやる」という態度でなければならない

 

そうすると買うほうが金をもっとたくさん出すのでおねがいします

乞うようになる

 

たぶんセックスの売買(売春)

大昔の大昔からそこには「中間さばき人」が

いたに違いないとおもわれる(要出典)

 

どうしてもお金がないという理由でやむなくセックスを売る人はいた

と思うのだが

 

そういうのより

 

娼館の女のほうが売り上げがいいように思えるんだよ多分

 

なんでそういうことを考えるようになったかといえば単純で現代のアイドルさんたちがこれまでの人間の歴史の娼館のかわいこちゃんと同じだって

言えば言えるからさあ

同じじゃない!って言いたい人もいるだろうミーグリで会えることが最高なんです!と言いたい人もいるだろう

しかし女性アイドルがセックスの妄想をその資本としてエネルギー元として男性が群がっているのは絶対否定できない事実

 

女性が男性アイドルちゃんたちを愛でるのはどうなのかオレは女性じゃないので感覚はよくわからない

そのあたりのセックスに妄執する意識というのは汎女性はどうなっているんでしょうかねえ?

参考になることととしては女性が感じる個別部分別の性的な鑑賞のポイントは男性のそれとは違うという調査結果くらいかしらん

ハーレクインのどこが面白いのかのポイントアンケートみたいのがあって

まあそれは本しゃぶりさんが書いていたので

 

いまさがしにいったら記事タイトルを失念したのでわかんなくなった

 

まあオレは(そして人間は)他人の中に性愛以外にもいろんなものを他人の中に見る観たい探している

のだよ

 

(追記:

ブクマがご本人からよせられコメントによればその記事タイトルは

巨乳の炎上に見る進化と文化のミスマッチ - 本しゃぶり

それ!それです!)感謝