なんでも言語化いいんだかわるいんだか

まあテーマはそれこそ無限にあるがそれを

おもしろがっているのはオレだけという

場合もある

 

あるいは「オレが特殊なわけはなくオレはたんなす小市民

たんなす

小市民の凡人の一般人であるからこそオレの指向や嗜好は

平凡なものです=他の人間との共通点があるはず」

な理由でなんでも考えて形にしてアウトプットすれば

他人がそれを読んだときに感じる可能性はある

可能性だけですけどね

 

金がかかるのが悪だというならなんでも

自前で対処すりゃいいんだけど

ぜったい限界があるよね

専門職じゃないとそれそこまでできない範囲

というものがあり

それまでの時間かかった時間はただのロスなわけで

 

時間のロスは経費に計上しないってそれはズルですので

かかった時間はコストです

 

オレはそういうコストが大嫌いなんだよバカ野郎

 

 

ということをオレは昨日と今日しかし4月からずっと

考えてはいるわけですね

 

判断だれがすんのって話しです

判断は決定で

そこはコストどのくらいまでなら許容するという

線引きと耐用性の決定が含まれてるんだから

下々が判断なんかしませんよ

判断には責任が付着してるんだからね

責任とるほどのお給料もらってませんから

そんなん責任とる人がやってくれって話しで

 

端的にいえば部品を交換すればいいはずという判断が

出たときにじゃあ原因はその部品ではなかったというケース

新しい交換部品までダメにしてしまってロスがさらにひろがるわけよ

アホか

 

という話しである

 

だからロスを引き延ばしていても誰もなにもお得ではないので

さっさと専門職を召喚して金はらえって話しでっすよおオレが言いたいのは

そこであり

その金を惜しんでコストダウンとかいってるのはただクオリティの支払いを

延々続けているだけのことだ

 

バカみたいな事態だがそういうのが

全体に蔓延してんじゃないのミクロでもマクロでも

 

程度問題かもしれないけどね

 

わるいなりにまわしているというならいいですけど

人間は機械ではないので

わるいなりにまわしているつもりでも人間がこわれたら

部品交換できませんでねえ

 

だからオレは自己保身と自己安全が第一にきまっている

肉体だけではなく精神面もまた同様であり表裏一体

 

基本方針はばっちりです

他人がどう評価しようと知ったことかである

いつでもやめられるというのはこういうことだ

 

オレはこれでいいんだけど

 

一般論として困るのはこういうことで

自分のツイッタ引用するが

 

なぜ会社員はすぐ社内で攻撃しあって限界になり自由業は取引で攻撃を受け上は下を攻撃し戦争じゃないから相手を頃すわけにもいかず圧倒し相手を黙らせるまでに至らずストレスだけがミシュランマンだろうか

 

ポイントは会社をやめるわけではなく

しかし相手を殺すわけにもいかず

殺したいほど憎いときには殺すか自分が会社をやめて去るかの二択だと

思うのだがそうもいかないのは大ストレスだし

そのストレスで自分が殺されてしまうんだと思うんだよねえ

 

オレは橋本治のように時事を書いたりそういうストレスについて書いたりしたいんだよ

そういうこと書いてかつ書いても個人攻撃されなくなりそうな人って家庭もなく

配偶者もない人のほうがいいんじゃないかと思って

(しかし愛され力というのが必要で・・・)

 

でも自分の頭で考えろって教わったのは橋本治からで

自分の頭で考えるということはつまりイコール言語化するという

ことだからなあ