つまりポイントは
本人が変更できない点(うまれつきや時間経過的に決定確定していること)
は しょうがないけど
本人が変更できる点(間違っている 偏見である 誤った情報に基づいた教育を受けたことが後になって判明したので変える余地がある)
は なおさないままでいるのはそれ自体が悪である
自己変革は必要で
もう変えられないとなれば死ぬしかないのだが
それでも生きてるのが悪ってことじゃん!?
オレはそういう感じの暴言を吐きたいね
”ちがうちがう
高齢男性が高齢男性だから良くない(邪悪)なのではなくて
人間のなかの差別や偏見を持っていてそれを発揮し
なおかつ他者からそれは改善すべき悪であることを指摘されても
なおそれを聴く耳をもたず偏見や差別行動をつづけるようなやつ
それが良くない(邪悪)なものだよ”
そういうやつとして代表例として女性差別を継続する高齢男性がいる
ということ
だよね~~
そしてこいつらの中にさらに
高齢男性は高齢男性であるだけで偉くて他者から尊敬されるのが
当然という間違った思いこみをもちつづけながら行動している奴がいて
さらに邪悪の度が弩級であるといえよう
そういうやつが邪悪なのであって
もちろん
邪悪じゃない高齢男性もいるということだす
ただ耳がだんだん悪くなっていって他者からの忠告とかアドバイスを
どんどんきかなくなってくるからなあ
(やはり高齢男性は救いがない)
救いがないのはよくないね
希望もないみたいじゃんね
ううむ