考えすぎの弊害。
があって、今日などはもうあまり課題についてもなんについてもかんがえられなくなっている状態で頭の中がしろっぽいので適当にうまいものを食ったりしたし、カレーとかレトルトでもうまいし。米が炊きたてならば。
むろんちゃんとしろといわれて考えなしと言われて。
善悪の問題。
ろくでもない奴が善であるわけがないだろう。ろく、って何だ。陸だそうですね。しかし説明を読んでも納得いかない。
http://www.nhk.or.jp/kininaru-blog/59894.html
時間限定の中で何ができるかを考えたほうがいい。そのあともまだオレは生きているだろうという想定でいくしかない。生き残りたいわけだが。
ちゃんとした仕事のできる人しか生き残れないというならば、ちゃんとしてない人は皆クビになれ、馘首で斬首だ、生きてる価値無い、と断罪してしまえばいいの・
いいのか。
条件がそこに整っていてしかし努力しない人は断罪していいが、
条件が整っていない人ならばそこは断罪(自己責任に押しつける)してはいけないのか。
オレは何かを混ぜて考えているので混乱しているのか。
オレがいま何を考えているかというと、仕事において、真剣にやっていることとは別に、効果を出せないとか、基本的な仕事への取り組みかたの優先順位の付け方が間違っているとか、あるいは。
あるいは。というか。齟齬。
できるのにやってない、ということを厳しく責め立てるのは、いいのか。
できるかどうかなんてやってみないと
わかんないのだ。外からどうしてわかるのだ。
まあそこがキモであって、「わかんないけどできるかもしれないしできるようになるかもしれないからそこへ向かってとにかくなんかしよう方向をつくっていこうというのがアレなんですけどね。サービスのね。中心。
まあ死ぬんだけど、そのうち。
そういうことを考えていた。