宮古は気温マイナス4.4 3AM
目覚めたのでごそごそ捨て仕事とパッキングをしている
すてられないCDちゃんと本たち
一回選別(手にとって捨てるかどうかを決める)を通過して
クオリファイした子はとっておくことにした
ひゃん
いつも前回の泣きながらやった引っ越しを思い出す佐久市望月
泣いてたし寒かった
あんときはこころには後輩ちゃんがいたが
いまはいない
あと
大雪列島だった
それでも行き先の職は確定していた(どんなもんだから知らないもんだからゆとりがあった)
知っていたらまた別ですけど
2012の6月撮影だからオレん家にはまだオレの車がうつっている
次にグーグルさんのストビューカメラがいくのはいつのことだか
まあ過去はいいとして
未来は茫洋として
はかりしれない
いやおおかたはかることは
できる
かんじ
文章化すればオレにはオレの限界があって
あるよ
知ってる
でも生きてるし
なんか仕事してればお金が手にはいるので
米を食うことができる
不快かもしれないが実家にいれば生存できる
不快だけど
不快なのか
たぶん
想像の上では
老親が文句を言うのである
向上心とかね
そんなくだらないこととは無縁でいきたいのだが
しかし実際に生命がくだらない存在なので
しょうがない