つまり
フィクション(ごっこ遊びにはじまる)
に対するときの我々が
心的態度としてそれがフィクションであることを了解し
心的能力としてフィクションの取り扱いについて
あたかもそれが自分の身に起きたことであるかのようにふるまい
感情を揺さぶられる身をまかせることができる
できるような能力をあらかじめポテンシャルとして
もっているのかいないのか
訓練の結果として身につけるのか
他人がそうしていることを理解して
まねて同じようにすることで徐々に身につけていく能力なのか
アニメの映画とかそのコードにどうしても乗れない(理解できない)
ような人もいるのではないか
もっと極端になると散文であるだけでわざとらしくてだめだという人もいる