それで
昨日読んだポパイの坂口恭平の連載の
たまたま読んだだよ
そこでは娘がクラスで唯一塾にいっていないという
話でなんだっけ
テスト勉強どうするというので
親として手伝うことのできることが
段取り
という名前で書いていたがあれはスケジューリングだ
教科書のここからここまでをこの日にやる
次の日はここからここまでだ
という表だけつくる
とな
そうすると何をするかを考えずとも
その時間にそこにいてそれをすればいいだけのことだ
というのだが
それが可能であるのは「教科書」というすばらしいテキストがそこにあるから
であって
多くの「問題」は
「何がそこでは問題なのか」
「それは切り分けると1つなのかそれとも複数の問題のからみなのか?」
あたりからとりくんでいって
とにかく”何をするのか?”から
思考して検討しなくてはいけない
教科書はいいよね先人がそこんとこまとめてくれてあるからこそ
時短で
何をすればいいかだけ書いてあることを演習すればこなしたことになる
し
効率すげえいい
最高
だからさあ
SEの人が何がたいへんかって
その現場のやつらは「この問題の中で何がもっともおおきいボトルネックなのか」とかそういう問題の切り分けから
やらんといかんわけで
現場のやつらは何が要件なのか理解していない
話もつうじない
そういうのを20世紀のおわりごろにオレはバイト先でみていた
SEは大変だなあ・・・と思ったもんだわ思い出