月曜日5

でもオレのおぼろげな記憶では干すタイプのものは

冷たい風のほうがおいしくなり

いつまでも熱い秋だとおいしくならないのでは

という危惧である

まあ

しょんないねえ

 

午後

熱いのだが畑にいき草取りをする

もう時間限定でオレができるのは30~40分が限度である

なんでもそうである

アニメでも草取りでも小刻みにするしかない

30~40分がその限度である

いいんだよそれで積みあげてくしかないじゃんね

草だってそのへんにほっとけばいつか腐って肥料になるだろ

ならんかったら回収してゴミで捨てます

まことにあの狭さの面積であっても

雑草ではない謎の草たちは大量に生えて

まずまず疲労困憊である

汗もかくし

また今週がっこうから帰ったら夕方に

やるしかないね芋堀りを

 

そろそろ限度だと思うからね

(これ以上ほっといても芋が太るわけじゃない)

 

本当にフェニミズムではないのだが

人間のやさしさというものは

形となってあらわれるときに

女性のそれのほうがよりクオリティの高いものとしてあらわれることが多い

とオレがもし仮説をたてたとしたらそれは女性蔑視や女性差別

になると

なる

なるんだとしてそれはではなぜそうなるのか

なぜかといえばそこには女性であることをその根拠とした時点で

根拠にたるものがないからである

 

脳の構造がこのように違う傾向が統計的にあきらかになった

というのであればデータをだせばいいが

 

「優しさ」について主張したところで

明確な男女の差異をデータにすることはできない

 

だからオレが女性マンガ雑誌における

愛や愛に似たやさしさ

について感じる安らぎはそこ(女性マンガ雑誌)に特有のものではない

 

としなくてはいけない

 

しかしじゃあ他にどこにあるんだいって

きかれたら

オレにはわからないね

そう

反証じゃないんだけど

他には類をみないような気がするの

 

「女性作家の書くもの」ではないんだよ

 

今月のフィーヤンは違国日記が連載再開していて

まだまだ姉(実里)のことは

ほぐしきれずにつづいていくのであったその世界では

 

初恋の世界11巻はよみおわったけど

いつもの(最近の)西マンガではおなじみ

いったん別れますの展開になっている

おなじみというのも失礼ではあるのだが

そうだからそうだとしかいえん