何がウケるのか?
などと考えるとよくない精神になるのでやめるが吉
ついったでいいねを稼ぎたい気持ちと同じである
魔法石みたいなもんで
たまるのはためられるかもしれんが
それで何になるかって換金もできんし自尊心はそこ積みあがるとあとで崩落するし
僕ヤバアニメの4話みてるがもう仲良しさんじゃんねえこの2人
さて早朝なので5月になり次第でnoteに上げたいことを考える
なぜなら「毎月なんちゃら」というバッジがあるからである
バッジを集めるのは好きなのか
好きです
単純
それは「人気の度合い」じゃないからねたんなるラジオ体操ハンコであるから
そういうほうがまだマシじゃん
さて
日々が長いが一か月はみじかい
脳はいろいろ考えてもいるが日記を書いたからといってその業績が
上がったわけでもない(業績という場合にはそれは他人からも評価があって
しかるべきものをさす)
しかし個人的にはまあまあかもしれない(そうでもないかもしれない)
何がまあまあかといえば(思うままに書けば)
それは初任給が振り込まれたのを銀行残高アプリで確認
あんなことしかしてないのにそんなに貨幣がもらえるとはね
うはうはじゃんね
と思う次第
しかし「あんなこと」しかしていないのは事実だがオレは時間を
その労働に費やしており
おかげで泊りがけ2泊3日の旅行にはこのさき3年行けなくなっている(さんざん
その前にいっといてよかったが)
尾瀬いきたいな~~~
とかね
かわりに足を鍛えているので3年たったらいけばいいじゃんね
金を得られるんであれば安心して浪費しながら3年の寿命を
生命まっとうすればいいんであって何をするかが決定していると気分は
樂である
楽である
また滋賀いって佐川美術館で樂焼見にいかんとなあ
あそこは何か変な魅力がある
建物と収蔵品の関係性が
すごく高い
変な
そう うまく言語化できない魅力である
そういうこと書く?noteに?
美術館めぐりはいい趣味だがなかなかその満足度が
内容的に大衆(!)にわかってもらえるかというとそれはむつかしいところ
面白いんだがそれは「未知の絵に会ったときに感じるオレの中身の問題」な
わけで
でもそれは音楽も絵もマンガもなんでも
もちろん小説も
「未知」だからこそのおもしろさなんじゃないでしょうかねえ
そうじゃなければ費やす意味がない