映画「窓ぎわのトットちゃん」について エンディングにも触れます

大変秀逸な感想批評がぬまがさワタリ先生の文でありますが

この記事は内容終盤にいたるところにふれているため

映画未見でないようしりたくない人はみないように

numagasablog.com

 

この文を読んでいるだけでもオレは号泣できる

くらいに映画館の中でも号泣しちゃった

 

端的にいうて戦争の恐ろしさと人間が変わっていくことのおそろしさ

もさることながら

人間トットちゃんがあくまでトットちゃんのままで生きて

友達ができて友達をなくして

成長してしかしまだ少女のままで

 

内容にふれますが

 

 

原作をよめばトモエ学園がどういうところなのかもわかるし

当時の昭和史証言により

庶民が空腹と相互監視の中で生きていたことを

知っていても

 

アニメーションの形でしめされるととてつもなくストレートに

こころにせまってくる

トットちゃんの声の子ほんとうに天才

母である杏さんも最高

あたたかくつつまれる

 

泰明ちゃんは小児マヒなのだが小児マヒの子が小学校で

どうすごしているかなんていまは特別支援のほうに

隔離しちゃうから見たことないだろおまえら(おまえらって誰だ)

 

アニメだから嘘だっていわれても木にのぼろうってトットちゃん以外の

誰が泰明ちゃんに声かけてくれるんだよ

 

なあ

 

そりゃ泰明ちゃんの母も泣くわ(オレも泣いている)

 

だから泰明ちゃんのおそうしきではオレもいっしょに

泣くしかなかったしこんなにアニメの人のおそうしきで泣いたのは

はじめてだ

 

もちろん老齢化により涙もろくなっている

 

エンディング(全部書くのかよ)(そうです)がとくにオレは

ものすごく好きで

あっというまに年月はすぎトットちゃんに弟が生まれ

(劇中では性別はわからないけど史実では男児

トットちゃんはしっかりした姉になり

そのことは

母にかわり時には弟が泣くのをあやして抱いて揺らすしぐさで

あらわされる

紅い屋根のおうちは線路沿いだったので戦時なんとかで

とりこわされ(延焼防止か)

トットちゃん家は青森に疎開することになる

 

弟をあやしながら列車の両端にある出入り口のところまで

きてデッキで扉をあけると外のりんご畑に

幻想のチンドン屋がみえる

歌舞音曲

それこそ「ふつうの小学校を追い出されるトットちゃん」が

そこで窓の外に見ていたチンドン屋

 

走る列車の向こうには青森の大きい山があり雪をかぶって

白い峰をあらわしている

リンゴ畑と山があり

風がわたる風景は冷たい

それがエンディングだ

 

そこでなにかオレはここまでの物語の

区切りのようなものを感じたんだよ

ふっと風が吹いて時代もかわるような

 

ともかく素晴らしいとしか言えずもうなにもいえない

 

ついったで戦争の恐ろしさが分かる映画というのはたしかに

まったくその通り

こいつらぜんいんなに殺しの仕事を英雄視してるんだ

バカのバカだバカ

全員バカだった時代じゃないんだよ

殺して殺されるだけなんだよ

 

みんな水着とか関係なくはだかになって

プールであそぶのよかったなあ

泰明ちゃんだって水のなかでは浮力ですこし体が

動かしやすくなるという事実

幻想的なアニメーション

まさにちひろ的な

(言われて気が付いたよ)

 

とにかく

ゲゲゲ

君たちはどう生きるか

トットちゃん

のアニメ3つ戦争と子供と青年とオバケとアオサギ

死んだ水木先生と生きてる宮﨑駿と黒柳徹子

戦争ってなんだっていう

遺言じゃないけどのこしたメッセージが全部アニメとして

同じとしに公開されて

たまらんねと皆が言うしオレもそう思う

 

それだけまた戦争が現実だっていうことが

現実の戦争がそれを

示しているのだ2022-2023ウクライナロシア戦争から以降の

これら

本当はもっとずっと戦争はどこでも続いているのだけれど

 

小児マヒだから兵隊さんになれなくてダメ人間だとか言ってるクソガキ

をオレが抹殺したくなったが抹殺とかいうと同じムジナになってしまうので

そこは我慢するわ

 

このあたりにいつまでもつづく人間の

性悪説的な根本的なダメなところ(完全にUniversalな思考が最終的にできない)

 

があるけど諦めてもいけない