怒りとかについてそれを捨ておかないで活用

まあそのようにオレが怒りを形(ころす小説)などに

しつらえるだろうところと

太宰が他人を糾弾(ひどいとかいって)する文章をのこしていることとか

結局

マイナスの感情があったりしたときに

それが正しいとか真摯とか心理とか真理とかとは何の関係もなく

強い形式をもっていれば他人までとどくかもしれないし

届いた先でどうなるかはオレの知ったこっちゃないし

扇動したいわけでもない

 

ただなんらかの強いものや特殊なものは遠くまで届くかもしれないって

ことだけであって

死んだあとでも遠くへ届く可能性があるってこったい

 

強いものは真理だったという驚きをもって迎えられるかもしれないし(のちにわかる科学的事実とか)

あるいはそんなにも強い怒りや憤怒の衝動だったんだというものもあるし(大量殺人)

あるいは個人の中にふかくどこまでも奥に沈潜するするどい感情かもしれないよ

 

惡が純粋な悪であればこその強い物語もあるし(北北西に雲と往け)

 

そういうのを知らないままバカなまま死んでいくやつは哀れだね

知らないままなんてね(知ってるという自称もまた哀れなんだけどー

すべてを知ることはできないのでどこまでいっても知らないものがある

ということを知っていればまだ救われると思うのだが)