いま突然なんか思ったが
オレは最初の就職先’(PT)では
本当にほとんど全部老人の相手ばかりしていて
まあたまーーーに若い人が外来で来たこともあったが
そのあと訪問に出るようになってやっとちょっと
神経難病をみることができて
そして転職して宮古市にいったら今度は
やっといろいろな
COPDとか
片麻痺だって生活期の姿みるのちゃんとしたのは
はじめてに近いところもあったし
あと40なりたての脳疾患とか
高次脳機能障害の面倒なところとか見せてもらい
で
訪問看護につとめてやっと小児と乳児をみることができたし
CPの成人もみることができて
つまるところ復職に本格的に関わることは無かったが
サイドでは見ることができて
何を言いたいかというとPTになる前の学習ではそれら
さまざまなことが職域にあるはずだと習ったが
勤め先によってそれらはいかようにも分かれており
ヘタをしたらすごく限定されて老人とだけかかわって
PTを終えていたかもしれないのである
オレとしてはそんなことにならなくてよかったと思うのである
とくに
乳児やその母とか
CPの成人とか
その周囲の環境とか
小児の後遺障害だって
関わったことで
実際を見せてもらって
見たことないから知らないとは
言いたくないのである
知らないままで生きていくよりも
いろいろ見たいのである
ただそれだけ
なんか
おそらくだけどオレの情熱とか知識欲とかが実際に
オレの思考の中にあるので
沢山深く知りたい欲があるのである
なんでも知りたい
実際に知ることができたこととしては
疾患(とくに先天的)は
本人の意思とは関係なく起こることである
生物だからそれは当然ともいえる
老人が疾患を得るときには
生活習慣や体質やあらゆることが原因として
あると思うけど
最後にはやっぱり神経の変性疾患は
原因は不明としかいえない
SCDだってMSAだってギランバレーだって
どうしたら防げるのかとか
わかんないじゃないですか
つまるところオレが
(いちおう断酒したとして)
いま生きているのもそういうのが
起きていないだけともいえるのである
とくに子供はいつも親が近くにいてねえ
重症心身障害児の親ごさんというところのコミュニティはいつも
すごくどくとく
レスパイトだってないも同然だし
そんな「それを知った」断片であっても
オレの財産だと思うんだ(知識を経験を得るというところで)
だから訪看に勤める経験ができたのもよかったとは思っている
あと女子が子を産んでまたその後みたいなところも
女子社会の言説も
それぞれ独特
主婦プライドみたいなのとかね