偶々

なんでもそうだが偶々である

 

たまたま

 

たまちゃん元気かなあ

 

オレが

「人と他人とは絶対に最終的にわかりあえない(理解が相互にあるというのは無理にきまっている)」と個人的に考えはじめてから

それでヴィトゲンシュタインに興味が出て最終的には

分かり得ない中に

なんだろう

まとめられるようなら苦労はしない

 

相互理解が為しえなくても我々は孤独ではない状態で生きていくことが

できる(できる可能性がある)

 

こんなにむつかしいような言い方にしなくても

他人は

他者とのかかわりは最悪にもなるし最高にもなる

 

PTAがなんでこじれるかというと

各自の意見が意見ではなく恣意であることがありていに露呈しても

それを統御する方法がないからである

強い強制力を発揮する(暴力)者がラクをしてね

 

会社をやめるのの99%はそこでの人間関係に問題があるからで

つまるところ嫌いですと言葉にして言えないまま我慢しているか

あからさまに言葉で罵倒するしかコミュニケーションが存在しなくなっている

かの

どちらかである

 

かくも人間はわかりあえないし闘争するし

勝手だし

他者のありのままを尊重しないし

結果として他人にたいして権力的発言をするし

一方的な行動の結果を他人のせいにする

(おいしいお菓子をあげたのに感謝のことばもない)

おいしいかどうかは主観の問題であって感謝を要求するほうがおかしいのである

 

たまたまだけど「ちくま」通巻607号

2021の10月号で

最果タヒさんが

スポーツをする人を応援するなどなんて傲慢なんだ(勝手な要約)

と書いている

結果がどうなるかを引き受けるのは本人だけであって

本人だけが現実として結果にコミットしているのである

その結果がどうなるかとか受け止めかたとか

そういうものを他人がやいのやいのするのはそれだけでノイズであって

ただの愚行である

「かげきしょうじょ!」の中の最果さんの好きな話が引用されていて

それは薫が落ちても落ちても紅華を受けつづけるときの周囲と

薫本人との話である

薫はただ親とか祖母とか関係なくて

自分の

私の夢のために紅華にいきたいだけだ

それは私の夢なんだから

なぐさめも励ましもまるで関係ない

そうだよね

 

だから他者は存在するようで実は存在しない

しなくてもいいんだ

 

1人で生きているような

それはそれとして現実なんだ一人であるということが

あきらかなのはそれだけだろう

 

時間も存在しないという本をよみはじめたので

存在しない

のことに

惹かれているのである

時間の存在しない本はまるでわからないけど面白いよ

この人が業界(物理の)でどう思われてるとか関係ないね

物理の人は本当に面白いや