あるのはわかるんだが
わかるけどさあ
ううむ
ううむうう
「こう読んだ」でもいいのはいいはずなのよ
そういうもんだから
それが凡庸とかいわれるんだが
それは既に書かれて手アカがついているという意味なのか
そのように読むことには意義はないということなのか
意義ないというのはもう既にそれは語られており再放送する意義はない
ということか
(その場合少なくとも間違ってはいないことになる)
そんなに新しいことはそうそうないよねえ
となるとあと残る意義は書く(批評する側)本人がどうしても
必然的に必死でどうしても必ずこれを
書かないと死んでも死にきれないくらいの執着熱意がある場合だが
そうするためにはあれだよ普通は個人的な要素からなる動機があるわけです
個人的な動機を論の出発点にしてはいかんね
誰もが
根拠となるものに当たる(同じように源テキストにあたればその根拠とされる
部分は誰でも読むことができる)ときに
その根拠⇒論
は
検証されてしまうわけじゃん
そりゃそうだ
そこで「はあこの視点は」とかなるわけよね
そりゃなるさね
ふふん