グレーバー負債論
にあった中での言及があったからやっぱこれよまんといかんわ
と思った次第
結局「貨幣の起源」に話が収束していくかんじがするのである
人類学もアナキズムも経済学もみんなそうだ
「負債を返さなくてはとおもうもうしわけなさ」なのか
「してもらったことのお返し」なのか
「迷惑はかけあう世界」なのか
リベット著 『マインド・タイム』 岩波書店
これはなんかそれ系の著作リストを読んだ終風氏が
これだけは
みたいな評価をしていたので気になった
リベットは自由意思と脳科学の話の人らしいぞ
つまり「やろうと思う前に脳は電気発信を開始している」である
それがどうしてそんなに重要なのか?
素朴な直観としてオレはそんなことがあったとしても別に
「だから自由意思は存在しない」とは思わないんだけどね
どうしてそう思うの?オレに説明して?
って思うわ
あとじじいにもなって感情ちょっとしたぷんすかむちゃぶくれ
怒りをおさえておけないやつは児戯的な人間だなと
思ったがじじいだからこそ前頭葉抑制がきかなくなっているのかも
しれないね
児戯的って
ふつうは言わないか
「児戯に等しい」とかいうけど
えっと
くだらないな=~幼形でさ~~といいたいわけです
まあなんでもいいか
脳科学と心理学みたいな話も好きなんだよね
フロイトの話(100分名著)が第三回で
いよいよ「エディプス・コンプレックス」になった
どうしてこのそれが「夢の中での願望充足」なのか?
本当にそうしたいからじゃないよね?
なにかのかわりなんだよね
父をころしたいのは何のかわりなのだろう(昔読んだような
読まなかったような)
へえ~ほー