ひる

4月4日の昼です。なんですか。LBGT記念日ですか。そうではないですか。
名前がつくとなんでも概念に対する態度がかわる。認知症。ボケ老人。かたわ。障害者。それぞれの印象。
 

江崎史恵アナがサイエンスZEROを降板ですか。どーなるんだオレはどこでしえちゃんを見たらいいのだ。
 
土曜で休日ですが所用あり職場にいくとかわいい女子がいたのでうれしかった。
 
晴れ。・春・
 
11度くらいの晴れ。明るくてしかし風の冷たさがきりっとしている。こういう日が一年で一番好きかもしれない。
 
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ここからちょっとモードがかわります。死があってそれ避けようがないから人間は必ず死ぬわけで。死ぬまでになにをするのか。ふなっしー師は「楽しい思い出をつくる」のが最優先事項だと言っていた’(その方法は人それぞれ).
しかし結局自分一人で一人で完結するような「楽しい思い出」は無いのである。
さいきん仕事をしながらふわっと過去の記憶が蘇ったりすることがあり、過去に旅した土地(インドとか開聞岳とか、またはマレーシアであったりアルゼンチンであったり、直島であったり南アフリカケープタウンの空港だったりする)であるとか、
または過去の意外な体験の記憶(古本屋のバイト仲間の飲み会で人妻からなんか意外な話しを聞かせてもらったんだけど中身を忘れた)だったり。
 楽しい思い出ってなんだろう。
さいきんの会話の記憶で言うと「働いててその後に定年になって、これで自由に時間を使えると思ったら、これがもう退屈で」という言葉であった。残酷の話しである。
 定年というのはあんたもう老年なので働かなくていいよという設定であるが。
 なにもしなくていいといわれたら、その時間を「快適に過ごすためのセッティング設定仕組みつくりあげ」は自分でやらないといけないのである。
 快適というかなんというか、
 金を稼ぐことは「求められているタスクを実行すること」なのだが。
 そうではなくて金ではなくて自分の充足につなげるためのことは金ではなく、むしろ精神の、精神が落ち着くためのことであり、精神がこれをしているとなんとなく満たされた感じがするのことである。
 満たされた。
 つまりそこは空白で、そこを満たさないといけない。
「空白を満たしなさい」である・
 まあそれはそれとして多くの人が疾病にて途中で倒れた感じ斃れた感じを受け止めてそれをどう処理したものやらである。
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